樹竜の旅
4 国王の策略
結局、俺は賓客の名目でその城に暫く留まることとなった。城内の対応は表面的には丁
寧だったが、実際は城からは一歩も出させないな軟禁状態が続いていた。国王の言うとお
りその間は何もすることがなかったので、やりたいことを見つけないと終始ヒマを持て余
すことになってしまう。そこで、部屋にいる間は俺はキズナと一緒に持ち込んだ食材を使
って色々な料理を作っていた。勿論、離宮へ食糧が大量に持ち込まれていたけれど、大抵
は海外で加工した保存食品なので、進んで食べたいとは思わなかったのだ。
このような生活が約1ヶ月は続いただろうか。
「ふうう…食べた食べた。」
その日も俺はキズナと一緒にを離宮のリビングで食事を済ませていた。メニューは、野菜
のボルシチにラタトゥイユ。どれも旅先で作れなかった代物だ。このままここで料理を作
っていればシェフにでもなれそうだ。
「どうだいキズナ…美味しかったかな?」
キズナからの返事はなかった。見ると夢中になって自分の皿を舐めている。その仕草は可
愛らしいけれど、頬の毛が皿にくっついてベタベタだ。
「おいおい、とりあえず吹きなって。可愛い顔が台無しじゃないか。」
俺は笑いながらキズナにタオルを差し出した。元々は元気な明るい子だったのだろう。
「最近は…何も動きはありませんね…。」
口の周りにくっついていた汚れを拭き取った時、不意にキズナが話しかけてきた。
「ん?それってあれのことか…?」
「はい。」
あれ…とはキズナを脅した国王の事だ。あれから何度かやって来ては大金や宝石を差し出
したりキズナを引き離そうとしていたが、俺はその全てを断っていた。拉致すら出来ない
ようにキズナから片時も離れる事がなかったので、自尊心の強い国王にとって俺のことを
きっと苦々しく思っているに違いない。
「全部門前払いで断っていたからキズナのことは諦めたのだろう。もっともその矛先が俺
へと向けられているかもしれないけれどね。」
「そんな…、竜神様は別に何もしていないじゃない…。」
「いや、俺はあの国王の頼みを全て断っているし、事によってはやることに口を挟んでる。
あの国王にとっては十分邪魔者だろう。まぁ、神様扱いだからうかつに手は出せないこと
は承知しているだろうけれど、その分やるとなったら徹底的にやってくるだろうな。」
「ゴメンナサイ…その頼みって私を引き渡すことも入っているのよね…?」
「君が謝る事じゃないってば。君はイケニエでも奴隷でもない。可愛い狐の女の子なのだ
からねっ。」
「ありがとう…。」
俺の言葉にキズナの顔がぱぁっと明るくなった。
やっぱり彼女には笑顔は似合っているな。
「こうしているとふと、おじいちゃんと食事をしていた時を思い出すの。あの時もこうし
て二人きりだったかしら。だから、竜神様が良かったらこのままこうしていられたら…っ
て。」
「そうか…。」
俺はそう答えるとキズナの頭を軽く撫でた。特に口には出さなかったが、俺の心の中にこ
のままキズナに側に居て欲しいと気持ちが生まれ始めていた。
もし出来ることなら、俺もこのまま彼女と一緒に…。
「…イラスさんっ!!」
「うわっ!!」
物思いにふけり始めた丁度その時、入り口の扉がバタンッ…と開かれ、クリオが部屋へと
駆け込んできた。
「ビックリしたっ。そんなに慌ててどうしたんだ…クリオ!?緊急事態かい?」
「ええ…。」
一緒に城に残ったクリオは俺よりは城内での行動に比較的自由が認められていた。そのた
め、城内外をあちこち回っては、ここでの情勢を報告することが彼の日課になっている。
ただ、今のクリオの様子を見ると。どうやら悪い知らせみたいだ。
「アイラスさん逃げようっ!国王がヤバイこと考え始めた!!」
「えっ…?」
「今朝朝食を食べに食堂に行ったとき、衛兵達がアイラスさんとキズナちゃんの事を話し
ているのを偶然耳にしたんだ。何でも国王から衛兵全員に伝達されたみたい。嫌な予感が
したんで、酒を飲んでて酔っていた非番の兵士何人かにそれとなく聞いてみた。」
「何て言っていたんだ、そいつら?」
「凄い分かりやすかった。答えた兵士全員の答えが、『くっついている小娘は放っておけ、
けれど竜は絶対に眠らせて広間へ連れて行け、いいな!』だ…って。」
「そうか…やっぱりな…。」
俺の悪い予感は当たっていたようだった。何も言わず黙りこくった俺達の様子を見て、傍
らにいたキズナが不安そうに尋ねる。
「どうしよう…?問いつめて懲らしめるの?」
「いいや。問いつめてもいいけれど、それじゃ連中は本当のことをまず話さないだろう。
そうだな…とりあえずここは何もしないでおこう。クリオの話しから察するに、とりあえ
ず俺を殺すつもりではなさそうだし、向こうが何を企んでいるか知りたい。」
「ええっ!?それじゃああの連中の企みを…このまま放っておくの?」
「まさか。何もしないとは言ったけれど放っておくと言う訳じゃないぞ。」
俺はそう言うと鞄の底にしまってあった手帳を取り出した。数行程度ペンを走らせると、
サインを入れて、その上に自分のフサ毛を添える。脇ではクリオとキズナが不思議そうな
顔で手紙に書かれた文字を読み上げていた。
「アイラスさん…それは一体…?」
「なに、ここの状況と俺の心境を詳しく綴った手紙だよ。クリオ、急で済まないけれど、
ここからプランティアの竜神府まで行くことは出来るかな?」
「竜神様、プランティアって?」
「そっか、キズナは知らなかったな…。俺達はカイ大陸から旅をして、このファリ大陸の
レイルシティまで来たのは前に話したね?プランティアはここに来るときにやってきたカ
イ大陸とファリ大陸の境界の大都市さ。クリオ、そこの中心街にある竜神府に行ってくれ、
あそこで俺の名前とこの手紙を渡せばあとは何とかしてくれる。君だったら3日もあれば
行けるだろう?」
「車を借りるから2日で行きます!でも途中にある検問はどうしよう?手紙を読まれでも
したら厄介ですよ。」
「大丈夫、中身を見られてもいいようにちょっと手を加えておいた。ここの国王が欲しが
っていた援助の要請の手紙だとここの連中に思わせれば、連中も手紙を取り上げることは
できまい。それと、竜神府で手紙を渡し終わったら暫くそこに留まってここには戻らない
こと、いいねっ?」
「はい。でもアイラスさんはどうするんです?」
「俺は残る。向こうが何をしてくるか分からないんだ、だったらあえてその手に乗ってや
って何をする気なのか見極めてやるよ。それにキズナを放っておく訳にはいかないだろ
う。」
「アイラスさんなら大丈夫だと思うけれど…、気を付けて下さいね。」
「ああ。それじゃあクリオ、早速行ってきてくれ、出発は早ければ早いほどいい。」
「はいっ!」
クリオは頷いた。しっかりと封をして、彼に手紙の他に鞄に詰めてあった携帯食料とジュ
ースを渡すと、俺は城の入り口出向き、急用だと話してクリオを車両付きで出国させるよ
うに促した。対応した衛兵はやや渋い顔をしていたものの、その許可は意外にあっさりと