樹竜の旅
3 生け贄の少女
「ふうううううううっっ。」
面会を終え、国王と護衛が立ち去った所で俺は大きくため息をついた。国王の退席した後で、やる気のなさげな案内役の兵士がこの後の予定を説明したが、今は立ち去り部屋には俺とクリオの二人だけが残された。
「とんだ茶番を見せつけてくれたな…あのダメ国王…。」
リビング天井のシャンデリアを見上げると、俺はぽつりと呟いた。残された燭台を弄って
いたクリオが、俺の言葉を聞いてこちらに向き直った。
「何というか滅茶苦茶だよ…。権力を持つと国王も街もみんなああなっちゃうのかな。」
「いや、権力のせいだけじゃこうはならないよ。たとえ独裁国家だとしても、指導者はソ
レ相応の信念や理念は持って居るし、住民だってその中で逞しく生きてることが多いんだ。
けれどここでは住民も国王もどちらもそんなことはなかった。多分別の理由があったんじ
ゃないかな…?」
「別の理由って何が?」
「多分歴史だろう…。ただ、ガイドじゃないから俺も詳しい過去は分からない。ちょっと
それを調べてみようか…?」
リビング隅に置かれていた本棚には新旧様々な本が置かれていた。俺はそこから歴史書を
いくつか引き出すと一つ一つページを捲ってみる。誤字脱字の多い最新の本は国や国王を
賛辞することばかり書かれていて殆ど役に立たなかったが、どうにかこの国のことについ
て知ることができた。
それによると、この国は元々はファイン大陸の中でも近代化を進められたかなり裕福な
国であったらしい。痩せた土地だったので農業は発達しなかったが、周囲の鉱山から取れ
る金や銀で国そのものが潤っていた。一時は大陸一番の経済が流れていたらしい。
その状況が一変したのは今から50年前。これまで増える一方だった銀の採掘量が突如
半減した。勿論まだ産業を転換させれば国の水準を維持できるだけの資源が残されていた
が、あろうことか当時の人々は、残された資源を独占しようと奪い合うためだけに使って
しまった。恐らく今あるものを食いつぶす生活に慣れきってしまっていた結果だろう。た
ちまち国は貧困に陥り、残された住民は配給を貰う生活に落ちていった。
今の国王が就任したのは丁度そんな時だった。特にこれといった政策を見いだせないま
ま20年も同じ社会が続き、今なおそれが続いている。
「そういうことだったのか…。栄枯盛衰…とは言ったモノだな。」
古い本に記載されていた在りし日の街の写真を見て俺はため息をついた。途中で見たボロ
ボロのビル群はおそらくまだ国が裕福だった時に建てられたものだろう。今ではもう見る
影もない。
「でもわからないな…。豊かだった頃の面影はあるはずなのに何もしないだなんて。やっ
ぱりあの王様がぜ〜んぶ悪いのかな。」
「多分…向上心が無くなってしまったんだな…。」
読んだ本を全て棚へと戻しながら、俺は答えた。
「あの国王もどうしようもなかったけれど、さっき街を歩いたときに配給所や車から見た
人達を見ただろう?ココの国の人達、俺さえ手中に収められればあとはオカネや幸運が転
がり込んでくるとでも思っているみたいだったし…。人の心も貧しくなっちゃったみたい
だ。」
「それじゃあ、あの王様を追い出して、アイラスさんが代わりにこの国の王様になればい
いじゃないですか。そうすればみんな神様を見習って心を入れ替えるかも?それにアイラ
スさんの性格なら、きっといい王様になれますよ。」
「ゴメンだよ。どんな神様でも一人だけじゃ国をまともに動かせない。」
「そうですか。竜が王様の国って素敵だと思ったけれどなぁ…。」
クリオはほんの少し残念そうにそう言うと、尻尾をピンと伸ばしう〜〜んと伸び上がった。
「とりあえず部屋に案内されたら僕はとっとと休もうっと。なんだか今日一日だけで、半
年分の出来事がいっぺんに来たみたいで、正直疲れちゃった。」
「お疲れ様。けれど、休むところはさっきの兵士の言うとおりで良かったのかい?」
先程の兵士の説明だと、ここでの俺の滞在先は城に隣接する離宮との話しであったが、
クリオに宛われた寝室は城内で働く人達用の個室だった。つまり実質的にバラバラで滞在
することになる。
「いいのいいの。城内に部屋がある方が色々情報が得られてガイドとして都合が良いもの。
それにしても、この国には一体いつまで残るつもりなのさ?」
「まだ分からないな。さっき成り行きでああ言ったこともあるけれど、俺も出来ることは
やれるだけやりたいからね。クリオ、君こそはどうするんだ?」
「アイラスさんが残るなら僕だって残りますよ。名目とはいえガイドとしての役目を最後までつとめたいですし。」
クリオは自信たっぷりにそう答えた。