樹竜の旅
2 国王と少女
車に乗せられて案内された先は市街地中心の更に奥に建てられていたお城だった。どう
やら数百年前に建てられたお城を、そのまま国王宮として使用しているらしい。城の正面
玄関にたどり着くと、俺達は休息もそこそこに、要人との小規模な会食で使われる部屋へ
と通された。
豊かさとはかけ離れたような国内だったが、ここだけは贅がつくされていた。部屋の壁
と床には全て大理石が埋め込まれており、中央には見たことのないような絵が設置されて
いた。シルクのテーブルクロスがかけられたテーブルの上には銀で出来た器や燭台、そし
てクーラーから取り出されたばかりのワインが置かれていた。外の寂れた風景と、この部
屋を見ただけで、もうこの国の縮図を7,8割方を把握できた気がした。
「ようこそおいで下さいました。」
30分ほどその部屋で待たされたところで、ようやく国王らしき黒ウサギがやって来た。
ウサギの割に大柄な身体をしていたが、それなりの威厳を持ち合わせてはいるようだった。
表面上は笑顔を浮かべて友好的であったが、背後には武器を手にした護衛が6人、冷たい
目で俺のことを見つめていた。
「歓迎して頂きありがとうございます。みんな竜様…って呼んでいますが、アイラス…と
いう私の名前で呼んで結構ですよ。」
「竜様と呼ばせて下さい。高貴な存在の現神竜なのですよあなたは!この国で竜を最後に
見たのは200年は前ということだがら生きて出会えるなんて私も運が良い!!どうです
この国は?」
「まだ入国したばかりの国ですから全てを見たわけではありません。ただ、今見た限りだ
と私にとって好ましくありません。それと軍の国民の扱いが少々荒らすぎるようですが?」
背後の兵士の目が険しくなったが俺はそっぽを向いた。これでもかなり抑えて言った方だ。
実際、ここに来る途中でも車の行く先にいる住民を、次々と追い立てていたのを俺は目の
当たりにしている。
「私はあちこちの国を旅してきましたが、国民あっての国だということを忘れてしまって
はなりません。神竜と崇めるなら、そのことをまず尻尾の先にまで銘じてください。」
「まぁ、今はそんな話はなしだ。それより竜神様に頼みがあるっ。お聞きできるだろうね?」
この国王は俺の忠告は真剣に聞くつもりはないようだった。彼からみたらその程度の問題なのだろう。
「頼みとは…何をするのですか?」
「簡単なことですよ。この城にしばらく逗留していただきたい…?別に竜神様に何かして
貰うと言う訳じゃありません。この城に逗留している間は何をしても自由です。」
「何故そんなことを?それをやってあなた方に何の得があるのです?」
訳がわからない表情のクリオの言葉に、国王は大きく胸を反らせた。
「この国の言い伝えですよ。竜がやって来たら国は豊かになるって。竜が現に200年前
に竜が逗留した時も、わが国は劇的に豊かになってと言われていますから。」
なるほど…この国王も竜の言い伝えを知っているみたいだ。
「それ単に偶然だったらどうするんです?後からセキニンを押しつけられても困りますよ。」
「そうだとしても構いません。別に幸運を呼び込まなくてもあなたがここに居てくれるだ
けで、ありとあらゆるモノが献上されるでしょう。私‥いや、神様に逆らう獣は居なくな
るでしょうし。」
「竜の威を借りるウサギ…。」
クリオの呟きに思わず頷きそうになるところだった。竜の俺を引き留めて利用しようとす
る魂胆を隠すつもりすらないらしい。
「勿論お礼は致します。当面の生活資金として1000万ファリ。その他月々250万フ
ァリを用意しましょう。それでも足らなければもっと…。」
「いりません。」
躊躇せずに俺は断った。
「何故っ?」
幾分上ずった言葉が広間にこだました。俺がお金に全く興味を示していないコトが信じら
れないらしい。
「そ、それではこの国家予算から特別手当や食糧を…。それでも不足ならば前の竜様が発
掘した金山の権利もアナタに。」
「いらない。世界中の金山を差し出すって約束しても、私には一文の価値もありません。」
俺の言葉に国王にますます困惑したような表情になった。
「では何がお望みなのですか?私にできることならばなんなりとやります…から!」
「その出来ることをアナタは全くやろうとしていませんね。さっきから聞いていると、ア
ナタ全然苦労せずに金で物事を進めようとしているでしょう?そんなのでは協力する気に
もなれません。たとえば、アナタに命そのものを差し出す覚悟が出来ますか?」
俺はそう答えるとうろたえている国王をじっと見つめた。オカネや権力が全てと思っている国王をこれで戒めるつもりだった。
ところが、この国王はこの言葉をどう解釈をしたのか、とんでもないことを言い出して
きた。
「なるほど分かりました。ならば早速イケニエを用意しようっ。」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのはクリオだった。
「如何です、命を差し出す覚悟はあるかとおっしゃいましたね。構いません、命そのものを差し出すことも私にはたやすいことです!」
「なんかもうダメだこのオッサン。ゴミ箱に捨てられてそのまま沈んでしまえ‥。」
隣で耳を垂らしたクリオのうめき声が聞こえてきた。俺はもう呆れて何も言う気が起こらない。このおっさんの病気は最早手遅れだな…こりゃ。
「おや、どうしました?お望みだったら一人と言わず何人でもご用意致しますよ。幸運を呼び込む竜様のためならば、それくらいどうってこと…。」
もうこれ以上聞く気になれなかった。何か一つ言ってやってから中座しようと思い始めたその時だった。
(バタバタバタ…ガガッ)
「!!…!」
不意に静かだった広間の外からバタバタとした足音が聞こえてきた。時折怒号らしい牡の声も聞こえてくる。
「おい…外の騒ぎは一体なんだ!?」
国王が怪訝な表情でピンッと耳を立てたその時、バタン…という派手な音と共に少女が一人が飛び込んできた。
「うわっ…!?」
「女の子!」
飛び込んできたのは狐の少女だった。身体は淡黄色の毛に包まれ、尻尾の付け根まで伸び
た髪が左右に振られている。胸には何かの像を大事そうに抱えていたが腕に隠されて良く
見えなかった。飛び込んできた彼女は、そのまま広間をかけだしたが、その直ぐ後からや
ってきた衛兵らしき面々にあっという間に取り押さえられてしまっていた。
「さぁ…それをそっちによこせ!この小娘が!」
「いや!!おじいちゃんの形見…絶対嫌!」
彼女の甲高い声が広間に響く。捕まってもなお大の大人達が少女を追いかけ組み伏せる、
明らかに異様な光景だった。
「やめろ!竜様の目の前で何と言うことを!」
国王の怒鳴り声に、衛兵達がハッとなってこちらを見た。その途端、取り押さえられた猛
烈に女の子が暴れ始め、突き飛ばされた衛兵の一人がテーブルに衝突した。
(ガチャンッ!!)
広間に響くほどの音と共に、テーブルにあったワイン入りのグラスが宙に舞った。
一つは俺の近くの床に落ち。そしてもう一つは…
「ぎゃあっ!!」