Merciless night ~第一章~ 境界の魔女
目配せし、終わりのほうはうつむいて喋っていた。
どうやら恥ずかしくなったらしい。
「零……、ごめん」
優しく零の頭を撫でる。
零の頬がりんごのように赤く染まっていくように見えた。
「さ、屋上にあがろう」
ベンチから立ち上がり零に手を指し伸ばす。
零はオレの手の平を握り立ち上がる。
「はい。成人先輩」
いつもの屋上。
「あ!来た来た」
「遅くなった雪上。ほら、零。3人で昼飯にするか」
「はい」
「もう、昼休憩終わっちゃうよ」
「大丈夫だ。ご飯を食う時間ぐらいはあるだろ」
「今、急いで弁当の用意をします」
「あ、オレも手伝うよ」
ランチョンマットが敷いてあったため、ご飯を食べる準備は手伝うまでもなく済む。
「急いで食べちゃいましょ」
「お言葉に甘え、頂くとしよう」
零の作った特製ハンバーグに手を伸ばす。
「そ、それ私が狙っていたの」
「なら遠慮なく」
「ちょっと!」
「二人ともけんかしないで食べてください」
いつもと変わらない風景に変わった。
これが本で、この画は変わることなく続く。
どこまでも……。
いつまでも……。
ふと今朝のことを思い出す。
花見への誘い。
二人とも誘うべきなのか?
さっきのこともある。
二人共誘うべきだよな。
「雪上、零。質問がある」
何だろう、と雪上と、零がこちらに視線を向ける。
「この頃忙しいか?」
「なに?突然。もしかしてデートの誘い?」
「な……なんだと」
「ず・ぼ・し・でしょ」
「成人先輩、本当ですか?」
「まあ、そんなところだ。実は今週の土曜日、花見に行こうと思ってな」
勢いよく雪上が右手を挙げる。
「私、いきま~す」
「なら、私も行かしてもらってもいいでしょうか?」
「もちろんだ。人が多いほうが盛り上がるからな」
「それって、どれくらいの人数でするの?」
「だいたい6人程度だ」
「ふ~ん」
「あの……、弁当を……その……用意していってもいいですか?」
「いいとも~。あ、すまん。用意してもらえると助かる」
「良かったね、零。これで好感度アップ」
「そ…そんな」
零はそっぽを向く。
「話はこれだけだ。早くご飯を食べてしまおう」
弁当の中は空っぽとなる。
「もう、こんな食事は嫌」
「オレもごめんだ」
「私も疲れました」
全員、早食いにより敗北。
急いで腹に物を詰め込んだせいで、よくわからない腹痛が襲う。それでもまだ、ここで負けているわけにはいかない。
「授業が始まる。みんな急ぐぞ」
雪上は腹を手で抑えながら屋上の階段を下りていった。
「あいつ、抜け駆けか」
結局、後片付けはオレと零がすることになった。
零の奮闘により次の授業に間に合うことができた。
「オレは一人、掃除~」
放課後、教室に一人。掃除に没頭するオレ。
「なんと良い子なんだ」
誰もいない教室。当然、独り言を喋れるのは一人だからだ。ここに他人がいれば喋ることはまずないだろう。
そうだ。
なぜ一人なんだ。掃除当番は4~5人と決まっているだろ。
「あ………」
思い出した。相次いで掃除当番は、今日早退していったのだ。
「呪いか!」
一人つっこむ。やはり一人は寂しい。だが、本来仕事は一人でやるもの。
「ならば……!」
机に立て掛けていたほうきを手に取り、
「掃除をするのみ」
一人でそう断言し掃除をしようとしたとき、
「こんにちは~」
どこか聞き覚えのある声がオレの後ろから聞こえた。
「へぇ~、ここが学園」
振り返ると、あの魔術師が立っていた。
「どうだ、ここが私の生活する学園だ」
自慢してみる。特別自慢できることなどこの学園にはないのだが。
「ちょっとは驚きなさいよ」
「驚こうとはした。ああ……頑張ったさ。だが、君のその魔術っていうもののせいで、どうも驚こうにも驚けない」
「あなたも知っているはずよ。魔術による瞬間移動なんて超上級魔術なんだから」
「オレの名前はあんたじゃない。成人だ!」
「そうだったわ。ごめんなさい。じゃなくて!」
「ん?じゃなくて……」
「だから……、なんだったっけ?」
「多分、今晩のおかずについて。煮干とか食べるのか?」
「いいえ、私の今夜のディナーはイタリア料理のフルコースで……」
「何!イ……イタリア料理のフルコースだと」
「ええ。週代わりで、来週はフランス料理かしら」
気がつけば無駄に大きな声を発していた。
「バ……バカな!」
「いいでしょ~。あなた、いえ成人も召し上がりたいというのならば、招待してあげてよくってよ」
「マ……マジか」
「ん……マジ」
「よっしゃ~。その挑戦乗った~」
「ってバカじゃないの」
「すまない。だが、結構アドリブがきくな」
「これでも魔術師よ。関係ないけど」
「とりあえず謝っておく。ところで何をしにここまで?」
「ちょっと通りかかったから」
「へえ~、そうか。とりあえず座らないか」
「立ち話もなんですものね」
お互いにイスを引き、向かいあうように座る。
「っと。成人はいつも学校なの?」
「その通り。オレは学校」
「みんなおもしろいって言うけど、実際にどうなの?」
「みんなって誰だよ。……まあおもしろいといったら、おもしろいのかもな」
「そう。私も通いたいな~」
「まず年齢制限に引っかかる。ここは老人ホームじゃないんだぞ」
「誰が老人よ」
ファミーユをじっと見つめる。
「え!私!」
「そうだ」
「なら敬いなさい。年上を敬うのは基本よ」
「悪かった。まあこんな美人な老人は、他を見てもいないからな」
ファミーユの顔が赤くなる。
「美人って……誰がよ」
「おまえ意外に誰がいるんだよ」
ファミーユのおでこを指先でつつく。
「や、やめなさいよ~」
「ごめん。指が止まらない」
何度もおでこをつつく。何度も、何度も。それこそ凹むんじゃないかというほどに。
―――数分後。
「ごめん。あまりにおもしろくって」
ファミーユは頭を抱え俯いていた。
「ごめんファミーユ」
「アハハハハハハ」
急に笑い出した。それもカラカラと。何か抑えていたものが吹っ飛んだかのように。
「あ……ありがと成人」
笑いすぎたのか目には涙が浮かんでいる。
「久しぶりに笑ったわ。何年ぶりかしら」
「そ、そんなに笑ってなかったのか」
「ええ。でもやっと笑えたわ。ありがとう成人」
「いや、オレは何も」
何かはわからないが、彼女の笑う顔はどこか印象深く心に刻まれた。なぜかはわからない。ただ自然に心は受け止めた。
笑ってもらえて良かった。そう感じた。
「成人、何か異常を感じたこと無い?」
考えるが異常なことなど何も無い。寧ろ……
―――普通の日常こそ不可解だ。
「はっ!」
「どうしたの成人」
「さっき誰か喋らなかったか?」
「ここは私と成人だけよ」
「そ、そうか」
作品名:Merciless night ~第一章~ 境界の魔女 作家名:陸の海草