Merciless night ~第一章~ 境界の魔女
一番の問題。それは学園のアイドルを連れ出せるかどうか。池井は間違いなく首を縦に振るだろうが、女子生徒が首を縦に振って池井を見逃すかといったら、まずそれは絶対にありえない。池井を持ち出すということは、銀行の金庫からお金を取り、どうどうと警備員の前を通り過ぎるのと同じくらいの危険度だ。それをやってのけるのは至難の技だ。
無理なことを言った。
正直、池井を連れ出すのは無理だ。でも交わした約束は守らなければ。
頭を垂れながら教室のドアを開ける。
「おはよう、ナッリー!」
「お、オワッ」
驚きのあまり、いや時分の足が絡まり後ろにしりもちをつく。
「痛っつ」
「驚いちゃった?」
しりもちをついたオレを見て、坂宮はニコニコしながら喋りかける。
本当ならここで、お、驚いた、が基本返答だがそうはいかない。言ってはこちらが負けだ。
何事も無かったかのように平然と立ち上がり、
「おはよう坂宮」
き、決まった。
だが心の中でガッツポーズを決めるには、まだ早かった。
「こ、これは何だっ!」
オレの机は赤いリボンでぐるぐるに巻きつけられ、そのリボンは坂宮の机に繋がっていた。
はっ、と気づく。今、オレ……驚い……た?
「わ~、ナッリーが驚いた」
まさか、このオレが負けるとは。
負けた悔しさにその場で立ち尽くした。それとは裏腹に、坂宮はやったーと叫び教室の中をクルクルと回る。
この時点を境に世界は一変した。
「ナッリー、私の下僕になりなさい!」
「ははっ。坂宮お嬢様」
そう、オレは坂宮の下僕に……、
「んっなわけあるかー」
あまりの声の大きさに、坂宮も、なぜかオレも驚く。
「うぁーん、ナッリーがいじめた」
坂宮はその場に座り込み嘘泣きを始めた。
オレは嘘泣きと分かっていたがその煩さに耐えかね、しゃがみこみそっと坂宮の頬に手をやった。
「もう……泣くな」
ガタッ。
後ろから学生カバンが落ちる音が聞こえた。
「な、成人。お前と……坂宮は、そういう関係だったのか!」
後ろを振り向くとそこには池井がいた。
「い……いや、ち……違うんだ池井」
「そうか。俺の知らない間に……」
この状況はどう勘違いされてもおかしくなかった。
「成人、幸せになれよ」
「誰とだよ!」
話がややこしくなる前に池井に事の真相を告げた。
「そうだったのか。てっきり彼女彼氏の関係だと」
「まあ、こうなったのもあいつの仕業だ」
「あいつじゃないもん!坂宮だもん」
とりあえずそこはスルー。
「それはそうと、池井。今週の土曜日空いているか?」
「今週のど……」
そこに大勢の女子が現れ池井を取り囲む。
どうやら時間が来たようだ。
オレは池井に聞こえていないだろうが、また後で、と言い自分の机の掃除に向かった。
ふんわりとしたそよ風吹く屋上。オレは何時もと同じく空を見る。これが日課となったのはいつからなのだろうか?気がつけば空を見つめていた。だが決して夜の星空を見ることは無い。遠く、遠く離れている星が近づいてきそうで、俺はその情景を何度も夢に見る。
「あれ?早いじゃない」
「こんにちは、成人先輩」
「うぃーっす」
いつもの二人、雪上と零が到着する。
「今日の朝どうしたの?一緒に登校しようと思ったのに」
雪上がランチョンマットを敷きながら喋りかける。
「ああ、朝早く起きたから、気分的に早く登校しようかと」
「ふ~ん。私たちを置いて~。こんなにかわいい二人を~」
無理やり零の顔を手繰り寄せ、太陽の光を川の水面が反射したときの輝きのように、キラキラとした微笑を雪上が見せる。
零は、恥じらいながらもチラチラとこちらを見つめる。その仕草が異様に可愛らしい。そう。もうどうにでもなってしまえばいいと思うくらいに……。
いやいや。オレはどうかしていたようだ。何があっても零は……、
「か、可愛い~」
つい言葉が漏れる。
「ね~、それってどっちのこと?」
「そりゃ~、もう。れ……」
「なあに?れって?」
「そ、それは……。烈火のごとく両方とも可愛いってことだ」
適当に誤魔化す。
どこが適当なのか?
どれも不適当だ。
「やっぱり~。私も零も可愛いって~」
「な、成人先輩。本当ですか?」
ご、誤魔化せた。
「ああ。可愛いという言葉は二人のためにあるようなものだ」
「な、成人~」
雪上が抱きつく。
「な、何だ!?」
「そんなこと言ってくれるのは成人だけ~」
「せ、先輩……」
雪上の後ろから今にも消えそうな声が聞こえた。
「先輩は雪上先輩のことが~!」
零は屋上のドアをこじ開け急いで階段を下りていく。
「零!」
いきなり雪上が、思いっきり屋上の階段へ突き飛ばす。
「ゆ、雪上?」
「ほら。早く追わないと」
そう言い雪上がウインクをする。
突然の雪上の行動に驚いたが、どうやら謀られたようだ。
とにかくベタだが、
「零~」
と叫び零を追いかけることにした。
一人ぼっちの屋上、フェンスに少女が腰を掛ける。
どこか達成感のある顔と裏腹に複雑な笑みを浮かべる。
「私、こんなのでいいのかな~」
友達を助けたい反面、自分の欲が出てしまう。抑えようと思っても、抑えきれないものが、その少女の小さな心には大きな負担へと何時しかなっていた。
それでも、自分の願いを押し殺してでも友達を助けることを選んだ。
「いつも、長い髪を振り乱して笑顔」
虚空の空にそう呟く。
少し冷たい風が彼女の背中を吹き抜け長い髪を揺らす。
髪は旗がなびくように、水が透き通っているように、サラサラと、ただサラサラと、風に靡いていた。
「あの二人、うまくやっているかな~?」
3棟の校舎を繋ぐ、外からの風が吹き抜ける渡り廊下横にあるベンチ。彼女、零はそこにうつむいて座っていた。
頬は少し赤く、目も泣いたせいなのか赤くなっていた。
「零……」
ゆっくりと零に歩み寄る。
―――――そっと。
うつむく零の前を通り過ぎ、空いている横のスペースに座る。
「零……、すまなかった。だがオレは……」
「……先輩。空って青いですね」
「……零?」
「空は、何も心配事が無いから、いつまでも青くいられるのでしょうか?」
零は頭を上げて空を見る。
それに釣られオレも空を見上げる。
「私、泣きながら思ったんです。あの空のように何も考えず、何にも邪魔されずに、ただ自然に笑えたらって……」
「零……」
言葉が続かなかった。
普段見ている零はこのとき異様に遠い存在に思えた。
身近だからこそ気づけない心情。
離れてやっとその人本来の姿が見えてくる。
空を見上げる零は、オレの瞳にどこか大人びて映っていた。
「私は自然に笑える方法が分かりません。でも、先輩は私に自然に笑える時間と場所を与えてくれます。だから、私……もう泣きません。先輩と同じ時間を過ごした中で、笑って……いたい……から」
作品名:Merciless night ~第一章~ 境界の魔女 作家名:陸の海草