Merciless night ~第一章~ 境界の魔女
―――――昼休。
オレは屋上への階段を登りドアを開ける。
「あ、やっと来た。ほら成人」
屋上にいる雪上と零に近寄る。
雪上と零はいつもの様にランチョンマットを敷き、弁当箱を広げる。
「じゃじゃ~ん。これ全部零ちゃんが作ったのよ」
まるで自分が作ったかのように両手を広げ弁当を強調する。
「そんな。静先輩も手伝ったじゃないですか」
「これまた豪勢だな。さすが零」
「せ……先輩」
零は顔を手で隠し後ろを向く。
「おい、雪上。あいつ、零はどうしたんだ?」
「照れてるのよ。成人の前だから」
「静……先輩……」
「冗談よ、冗談。さ、昼ごはん食べましょう」
「おう。おい、零も早く」
「は、はい」
零の作った弁当に手を伸ばす。
「このウサギウインナー零が作ったのか?」
「はい。お気に召しませんでしたか?」
「いや。いい具合に足が反っていてかわいい」
「え、あ、ありがとうございます」
ウサギウインナーを口に入れる。
「ねえねえ、私の卵は?」
「ふ…ん。こえふぁ?(う……ん。これか?)」
「そうそうそれ」
「ふぁあ。うまふできてるじゃないふぁ(おお。うまくできているじゃないか)」
「なら食べてみて」
「ふぇ、いまくちのなふぁに」
「いいの、いいの。ほらああ~ん」
無理やり卵を口の中に詰め込まれる。
「し……静先輩!」
「なに?そ~。零ちゃんもしたいの~?」
「え、いや私……」
「したいんでしょ?」
「え……、でも」
「やりたいんでしょ。ならこうしないと」
零の腕を無理やり掴み、零の手でシュウマイを取る。それをオレの口元まで運ぶ。
「あ……だめ。先輩はまだ食べています。」
「いいの、いいの。結構ああみえて、口の中は宇宙なんだから」
「そんなことはありません」
「いや……まふぇ。おふぇのくちのなふぁいっふぁい(いや……まて。オレの口の中いっぱい)」
シュウマイを挟んだ零の手が口に迫る。
「え……、い…いふぁまふぇ。ふぁやまるふぁ(え……、い…いや待て。早まるな)」
むぐ……。
容赦なく零がつくったであろうシュウマイが口に入る。
何か異変に気づく。
こう、シュウマイとは言えない、辛いような、つんとくるこれは……、
「えほっ、えほっ。」
あまりの辛さに咳き込む。
「先輩!だいじょうぶですか」
零がオレの異変を感じ、急いでハンカチを渡す。
「あ……ああ。だが、こんなにからしを入れたのは誰だ、といっても犯人は一人。」
零からもらったハンカチで口元を拭き、オレはその犯人の方を見る。
「え……わ、私?」
「お前以外に誰がいるんだよ。雪上 静!」
名指しで指をさし、ポーズを決める。
決まったぜ。
「ごめんなさい。ちょっといじりたかったの」
「オレでか。止めておくことを助言しておく」
「ごめん」
「べつにオレに謝らなくてもいい。だが零には謝っておけよ」
横には今にも泣きそうな零がいた。
「ごめん零ちゃん。悪気が……ないわけでもないのだけれど」
「いいんです。いじられるようなシュウマイを作る私がいけないんです」
「そ、そんなこと無いと思うけど」
雪上とオレで同時につっこむ。
オレたちの頭上をスズメが飛んでゆく。
「さ、ご飯も食べたことだし、教室に戻りましょ。」
時計を見る。時計の針は、12時40分を過ぎた辺りだった。
「おし。行くか。」
「はい」
零と雪上は弁当箱を重ね、ランチョンマットを片付ける。その間、オレは空を眺めていた。遠くまで広がる青の天井。オレはその風景が好きだった。何事も感じさせない、ただ青いソラが。その反面、夜の暗さは嫌いだ。なぜかは分からない。でも、たまらなく哀しい気持ちになる。
雪上と零の方に視点を変える。
「終わったか?」
「こっちは終わったよ」
「こちらも終わりました」
「行こうか」
「放課後にね成人」
「また。放課後に成人先輩」
「ああ」
放課後、登校してきた道を一人逆行する。雪上、零二人と一緒に帰るつもりだったが、二人とも用事があるらしく一人で家に帰ることとなった。帰り道の途中、自動販売機で缶ジュースを買って公園で一人ベンチに腰をかける。
周りに人はおらず、太陽だけがオレを照らす。日が没するにはぜんぜん早い。
「あ~つかれた~」
人がいないので叫んでみた。寂しいからかもしれない。自分の行為に少し恥ずかしく思う。
「何やってんだろ?」
缶ジュースを飲み干し、ゴミ箱へ缶ジュースを投げ捨てる。
カランと音がして、見事ゴミ箱の中に入る。
家へ帰ろうとベンチから立ち上がったとき、ソラが暗闇へと変わっていった。
その現実に何か反応をしようにもできず、ただ暗くなる現実を受け入れた。
青の天井は黒に侵食され、塗りつぶされてゆく。
空を黒くするのにそう時間はかからなかった。
やがて、空は闇に覆われた。
「昼間……だよな」
辺りを見回す。しかし、どこをみても自然光はなく、人工の光に照らされる夜の景色。公園も夜に染まり、街灯に光が灯る。
自分の考えを目に見える光景が拒絶する。そこは最初から夜だと言わんばかりに……。
オレの感覚は正しい?
間違ってないよな?
いや、実はオレだけ世界に置き去りにされているのか?
ふと我に返る。
なんにせよ、この事態は自らの力では収拾不可能。なら考えるのをよそう。今、自身で何を考えようが納得のいく答えはでない。
「よし」
方針は決まった。いつものように家に帰ろう。
ベンチ横に置いていたカバンを取り、帰り道へと向かい歩き出す。
「やっと見つけた」
少女のような幼くあどけない声だった。
本当なら声のする方向に、顔を向けてはならない。
だが、俺は今ここに住む一住人。遅くまで遊びすぎ、門限を越えてしまいながらも家に帰ろうとする、一人の普通の学生だ。だからこそ、後ろからの不意な呼びかけにも答えなければ不自然だ。
何、という言葉と共に後ろを振り向く。
そこには想像と違う者が立っていた。
顔は朽ちたようにしわしわで、手も同様に、骨が見えかかっており、服装はサラリーマンが着ているようなスーツを着た男性っぽい人物だった。見た感じは死後何十年か経っているようだが、スーツの新鮮さがそれを否定する。まるで今さっきまで働いていましたというような……。
あまりにその醜さから、胃から何かが逆流してきそうな感じがした。
それほどにあれは目に相応しくない者だった。
それ故にもう遅いだろうが、ここを早く立ち去っておけばよかった、という自責の念にかられる。
「探していたのですよ」
一歩一歩男が、似つかわしくない声を出しながら歩いてくる。
どこのホラー映画だ。もしやここは彼も有名な監督の作品の撮影現場なのか。
だが、辺りにそれらしき機材は見当たらず、あるのはどこの公園にもある遊具。つまり滑り台に、砂場、鉄棒など(etc)。
嘘だよな……。現実なのか……。
男との距離が狭まる。
作品名:Merciless night ~第一章~ 境界の魔女 作家名:陸の海草