記憶の欠片
7
僕は砂由の部屋に入る時、いつも息を吐いて心を落ち着かせる。
じゃないと、砂由で一杯のあの部屋では、
自分自身が酷く汚れているように感じて、とても耐えられないから。
その汚れに自暴自棄になってしまいたくないから。
砂由は、僕の部屋に入る時、きっと何も考えずに入ってくるんだろうね。
「お兄ちゃーん。」
「入って良いよ。」
軽いノックの後、返事をすればひょこっとドアから顔を出す砂由。
その仕草につい笑みが零れてしまう。
「ねえ、この服どっか変なとこない?」
そう言ってベッドに座っている僕の前で、砂由はクルリと回った。
変な所なんて全く無い。
文句なしに可愛かった。
「良いと思うよ。」
「ホント?」
「スカート買ったんだ。それ、可愛いね。」
「でしょ?セールで安くなってたんだよ。」
嬉しそうにスカートを指で摘む砂由。
無防備にひょいっとスカートの裾を摘み上げるその様子に、
思わず溜息と苦笑が零れた。
「友達と映画見に行くんだっけ。どこの?」
「駅裏の方。」
今日は女友達と一緒に映画だと昨日から楽しそうに話していた。
駅裏にある映画館は、この辺りで一番大きいけど、
その目の前にある道路の交通量が多くて少し心配だ。
「車出そうか?」
「良いよ。友達と一緒だし。
お兄ちゃんが居たら友達も緊張しちゃうよ。」
「僕相手に?」
「お兄ちゃんはもっと自覚を持ちなさい。」
ていっという声と共に、砂由にチョップをされた。
なんの自覚かは理解出来なかったけど、
砂由とのそんな些細な触れ合いさえ、僕は嬉しい。
「時間大丈夫か?」
「あ、そろそろ行かなきゃ。」
時計を見て少しだけ急いで僕の部屋を砂由が出て行く。
僕もその後を追って部屋から出て、
砂由が自分の部屋から鞄を持って出てくるのを待つ。
「行ってくるね。」
笑顔で僕を見上げながら階段を下りていく砂由。
何故だか砂由から離れがたくて、僕も一緒に階段を下りる。
いつものことなんだけれど、
今日は何故かいつも以上に砂由の傍から離れたくなかった。
「ホントに車出さなくて大丈夫か?」
「大丈夫だって!ありがと。」
玄関でブーツを履く砂由の背中に再度申し出る。
でも、砂由は楽しそうに少し弾んだ声で大丈夫だと言う。
何だろう・・・・・・
この言いようのない胸騒ぎは。
「砂由。」
「ん?」
思わず呼び止めてしまったけど、次に続く言葉がなかった。
ただもう少し、ほんのもう少しで良いから、
ここに、僕の傍に居て欲しいと思っただけ。
「・・・・・気を付けて。」
「うん。行ってきます。」
そして、砂由は笑顔で出かけていった。
でも、僕の胸騒ぎは治まらない。
誰かが僕の中で何度も言ってくる。
”追いかけろ”と。
早く早くと急かすその声の意味が分からない。
どうして僕はこんなにも不安なんだろう。
足下がグラグラと揺れているようだ。
「勝哉?砂由、もう行ったの?」
不意に後ろから話しかけられ、ハッとする。
振り返れば、何時までも玄関に立ち尽くす僕を
不思議そうに見ている母さんがいた。
「いま、丁度行ったよ。」
それだけ告げて、僕は自室へと戻った。
母さんに話しかけられて、一瞬だけ気が紛れたけど、
胸の中で蠢く不安は何時までも消えてくれない。
いや、不安というより、恐怖に近い感情。
「・・・・・・砂由。」
砂由が出かける姿を見てからだ。
砂由に何か起こるのか。
なら追いかけなくては。
でも、そんなことをしたらおかしい。
砂由に不審がられることだけは避けなくてはならない。
一つの綻びから、僕の汚れた欲望がさらけ出されてしまいそうだから。
今、沸き上がっている理解しがたい不安より、
僕はそのことの方が怖かった。
そんなことをベッドに腰掛け、考え続けて何時間たっただろう。
部屋の中はいつの間にか真っ暗で、日が随分と落ちていた。
時計を見れば17:58。
「砂由・・・・・・・」
ザッと体中の体温が下がった。
何故なのかは分からない。
でも、怖くて怖くて溜まらなかった。
呼吸が乱れる。
目が熱い。
胸が苦しい。
気がつけば、僕は部屋を飛び出していた。
転げ落ちるように階段を下りる。
砂由
喉が焼けるように熱かった。
「ただいまー。」
あぁ・・・・・
「お兄ちゃん、どうしたの?」
砂由
「・・・・おかえり。」
愛 し て る