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記憶の欠片

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僕は砂由の部屋に入る時、いつも息を吐いて心を落ち着かせる。

じゃないと、砂由で一杯のあの部屋では、

自分自身が酷く汚れているように感じて、とても耐えられないから。

その汚れに自暴自棄になってしまいたくないから。

砂由は、僕の部屋に入る時、きっと何も考えずに入ってくるんだろうね。



「お兄ちゃーん。」

「入って良いよ。」



軽いノックの後、返事をすればひょこっとドアから顔を出す砂由。

その仕草につい笑みが零れてしまう。



「ねえ、この服どっか変なとこない?」



そう言ってベッドに座っている僕の前で、砂由はクルリと回った。

変な所なんて全く無い。

文句なしに可愛かった。



「良いと思うよ。」

「ホント?」

「スカート買ったんだ。それ、可愛いね。」

「でしょ?セールで安くなってたんだよ。」



嬉しそうにスカートを指で摘む砂由。

無防備にひょいっとスカートの裾を摘み上げるその様子に、

思わず溜息と苦笑が零れた。



「友達と映画見に行くんだっけ。どこの?」

「駅裏の方。」



今日は女友達と一緒に映画だと昨日から楽しそうに話していた。

駅裏にある映画館は、この辺りで一番大きいけど、

その目の前にある道路の交通量が多くて少し心配だ。



「車出そうか?」

「良いよ。友達と一緒だし。
 お兄ちゃんが居たら友達も緊張しちゃうよ。」

「僕相手に?」

「お兄ちゃんはもっと自覚を持ちなさい。」



ていっという声と共に、砂由にチョップをされた。

なんの自覚かは理解出来なかったけど、

砂由とのそんな些細な触れ合いさえ、僕は嬉しい。



「時間大丈夫か?」

「あ、そろそろ行かなきゃ。」



時計を見て少しだけ急いで僕の部屋を砂由が出て行く。

僕もその後を追って部屋から出て、

砂由が自分の部屋から鞄を持って出てくるのを待つ。



「行ってくるね。」



笑顔で僕を見上げながら階段を下りていく砂由。

何故だか砂由から離れがたくて、僕も一緒に階段を下りる。

いつものことなんだけれど、

今日は何故かいつも以上に砂由の傍から離れたくなかった。



「ホントに車出さなくて大丈夫か?」

「大丈夫だって!ありがと。」



玄関でブーツを履く砂由の背中に再度申し出る。

でも、砂由は楽しそうに少し弾んだ声で大丈夫だと言う。

何だろう・・・・・・

この言いようのない胸騒ぎは。



「砂由。」

「ん?」



思わず呼び止めてしまったけど、次に続く言葉がなかった。

ただもう少し、ほんのもう少しで良いから、

ここに、僕の傍に居て欲しいと思っただけ。



「・・・・・気を付けて。」

「うん。行ってきます。」



そして、砂由は笑顔で出かけていった。





でも、僕の胸騒ぎは治まらない。

誰かが僕の中で何度も言ってくる。

”追いかけろ”と。


早く早くと急かすその声の意味が分からない。

どうして僕はこんなにも不安なんだろう。

足下がグラグラと揺れているようだ。



「勝哉?砂由、もう行ったの?」



不意に後ろから話しかけられ、ハッとする。

振り返れば、何時までも玄関に立ち尽くす僕を

不思議そうに見ている母さんがいた。



「いま、丁度行ったよ。」



それだけ告げて、僕は自室へと戻った。

母さんに話しかけられて、一瞬だけ気が紛れたけど、

胸の中で蠢く不安は何時までも消えてくれない。

いや、不安というより、恐怖に近い感情。



「・・・・・・砂由。」



砂由が出かける姿を見てからだ。

砂由に何か起こるのか。

なら追いかけなくては。

でも、そんなことをしたらおかしい。

砂由に不審がられることだけは避けなくてはならない。

一つの綻びから、僕の汚れた欲望がさらけ出されてしまいそうだから。

今、沸き上がっている理解しがたい不安より、

僕はそのことの方が怖かった。



そんなことをベッドに腰掛け、考え続けて何時間たっただろう。

部屋の中はいつの間にか真っ暗で、日が随分と落ちていた。

時計を見れば17:58。



「砂由・・・・・・・」



ザッと体中の体温が下がった。

何故なのかは分からない。

でも、怖くて怖くて溜まらなかった。

呼吸が乱れる。

目が熱い。

胸が苦しい。



気がつけば、僕は部屋を飛び出していた。

転げ落ちるように階段を下りる。



砂由



喉が焼けるように熱かった。






「ただいまー。」





あぁ・・・・・





「お兄ちゃん、どうしたの?」





砂由





「・・・・おかえり。」







 愛 し て る





作品名:記憶の欠片 作家名:アリル