記憶の欠片
8
「勝哉!」
「・・・・おはよう、マサ。」
「もう昼だけどな。メシ一緒に食べよ。」
「おう。」
いつでもハキハキした正幸が羨ましい。
特に、この頃の僕はどこかボンヤリしているから。
「お前、また同じもの食ってんの?」
「あぁ、気に入るとつい食べ続けちゃうんだよな。」
「飽きね?」
「全く。」
僕の長所は持続力だと友人達によく言われる。
確かに気に入ったものは長々と愛用してしまうけど、
根気強いわけでは決してない。
どちらかと言えば、冷めやすい性格だと思う。
「お前、今日暇?」
「ダメ。砂由と買い物行く約束してる。」
「お前なー。」
呆れたように正幸が見てくるけど、無視だ。
今日は、砂由に買い物に誘われたから、朝から気分が良い。
悪いけど、砂由より正幸を優先させることは一生無いと思う。
「お兄ちゃん!」
「砂由。」
待ち合わせ場所には、すでに砂由が居た。
僕を見つけて小走りで駆け寄ってくる砂由が可愛い。
「で?今日は、何買うんだ?」
「今度、みんなでご飯食べに行くでしょ?
その服、選んで?」
「あぁ。うん、良いよ。」
僕の家では二ヶ月に一度くらいの頻度で、
家族揃ってホテルへご飯を食べに行く。
小さい頃から続いていて、砂由は毎回毎回お洒落をしていた。
昔は母さんが選んでいたけど、最近ではもっぱら僕が選んでいる。
砂由曰く、男の視点で選んで欲しいんだそうだ。
それを聞いた時、なんとなく複雑な気持ちではあったけど。
「お兄ちゃんは何着てくの?」
「ん?そうだな、僕も見ていこうかな。」
「じゃあ、私が選ぶ!」
適当にジャケットを着ていけばいいけど、
砂由が楽しそうに手を挙げて立候補してくれるなら、
喜んで砂由に選んでもらうことにするよ。
「じゃあ、お願いします。」
「任せたまへよ。」
僕が冗談っぽく頭を下げれば、
砂由は態とらしく気取った言い方をする。
お互い顔を見合わせて笑えば、
この瞬間以上に幸せな時なんて存在しないと思った。
「砂由、これは?」
「あ、可愛い。」
砂由に似合う服を選ぶのは楽しい。
似合うと思った服を差し出せば、
砂由はいつも嬉しそうに笑ってくれるから。
「似合うと思うよ。」
そう言って思わず笑ってしまうと、
砂由が何とも言えない目つきで僕を見上げてきた。
何かおかしな事でも言ってしまったのかと、一瞬不安になる。
「お兄ちゃんって、ずるい。」
「え?」
拗ねたような顔で睨み付けてくる砂由は可愛いけど、
砂由の言っていることは上手く飲み込めなかった。
「いつもさらっと言っちゃうんだもん。」
「何を?」
「だから、似合うとか!」
なかなか理解しない僕に苛立ったように言い切る。
でも、それでも僕の中では何が狡いのかまだ理解出来ない。
ただ砂由に似合うと思うから、そう言っただけ。
「あー、もう。お兄ちゃんがそんなんだから、
私になかなか彼氏ができないんだよ。」
「・・・・僕のせいにしない。」
「だって、絶対そうだもん。
私の理想が高くなるわけだよ。」
『彼氏』という言葉に、一瞬言葉が詰まってしまった。
「お兄ちゃんみたいに買い物付き合ってくれて、
普通に似合うとか言ってくれる男の人、
そうそう居ないんだからね!」
「身内と比べたらダメだろ。
じゃあ、もう言わない方が良い?」
砂由にそう言ってもらえて嬉しかった。
それは砂由の中で、僕は凄く良い位置に居るということ。
でも、砂由が怒っているような気がして、
砂由が嫌なら、もう言わないようにしようと思った。
砂由に嫌われないことが、僕の最優先事項だから。
「それはダメ。もっと言って。」
思わず、笑ってしまった。
拗ねたような、開き直ったような砂由の言い方が、
可愛くて面白くて、頭を撫で回してやりたくなった。
「はいはい。お姫様。」
でも、本当に撫で回したりしたら不機嫌になるだろうから、
軽く頭に手を乗せるだけに自制した。
「私、これちょっと試着してくる。」
「うん。あ、荷物持つよ。」
「もー!だから、そういうところ!」
「あはは!」
楽しくて楽しくて、声を上げて笑う。
正幸がこんな僕を見たらきっと驚くと思う。
今の僕は、砂由にしか見せない僕だから。
この幸せな時間が、永遠に続けばいいのに。
ねえ、砂由。
他の男より僕が付き合いが良いのは当たり前なんだよ?
だって、僕は誰よりも砂由を大切に思っているんだ。
他の男になんて負けないくらい。
そのまま僕以上の男を見つけないでと思う僕を、
砂由はどう思うんだろうね。
僕だけを見て、なんて傲慢な願いは持たないから。
せめて、もう少しで良い。
僕の傍で笑っていて。