記憶の欠片
6
砂由、僕を見て。
その瞳に僕を映して。
君に触れられないのなら、見つめることだけでもどうか許して。
「勝哉!」
「・・・・・マサ。大きな声出すなよ。」
「悪い。お前、いつもぼーっとしてるから、
今日は最初からバシッと行こうと思ってさ。」
「そんなにぼーっとしてないだろ。」
「してる。」
「そう?」
自覚はなかった。
でも、最近どうも思考がふわふわと不安定な気がする。
しっかり寝てるはずなのに、疲れでも溜まっているのだろうか。
「で?報告あるんだろ。」
「おう!おかげさまで上手くいった。」
「そうか。良かったな。」
嬉しそうに笑う正幸に釣られて笑ってしまった。
まるで正幸の幸せが、僕にまで伝染しているかのようだった。
「亜耶も、お前に感謝してるって言ってたぞ。」
「じゃあ、二人に何か奢ってもらおうかな。」
「お安いご用だ。」
正幸のこの喜びようには訳がある。
ずっと片思いしていた亜耶という女の子と、晴れて恋人になれたのだ。
僕は亜耶ちゃんとも知り合いで、僕を通じて二人は知り合った。
正幸はずっと片思いだと思っていたみたいだけど、
僕から見れば、二人は間違いなく両想いで、
間にいた僕は2人から同時に恋愛相談を受け、2人の仲を取り持った。
「幸せそうでちょっとムカツクな。」
「何とでも言ってくれ。今なら俺は何を言われても傷つかないぞ。」
素直に羨ましかった。
堂々と好きな子のことを好きだと言える正幸が。
僕は、言えないから。
「で、モノは相談なんだけど、女の子とメールしねぇ?」
「しないよ。」
「ノリが悪いぞ、勝哉。」
不満そうにする正幸に苦笑を向ける。
だって、意味が無いじゃないか。
僕は、砂由以上に誰かを好きになることなんてきっと無いのに。
「他に飢えてる奴は一杯居るんだから、そいつらに回してやれって。」
「そういう飢えた奴の隣に立たせたくない子なんだってさ。」
亜耶ちゃんの友達なんだろう。
でも、それなら尚更僕がその子の相手をするわけにはいかない。
飢えてるのは他でもない僕だから。
砂由相手に、妹相手に飢えてる獣なんだ。
「とにかく、僕はダメだよ。」
「わかったー。」
渋々といった感じだ。
正幸は僕と違って感情が顔に出やすいから、見ていて安心する。
「お前、可愛い可愛い砂由ちゃんからお願いされても断るの?」
「当然。」
笑えない冗談だよ。
何が悲しくて、好きな子に他の子を紹介されなくちゃならないんだ。
「意外。砂由ちゃんのお願いはなんでも聞くと思ってた。」
「そこまで甘やかしてないよ。」
「嘘つけ。甘々なくせして。」
仕方ないよ。
砂由が笑ってくれると思うだけで、僕の身体は勝手に動いてしまうんだ。
「あ、ごめん。もう帰るな。」
「ん?あぁ、今日は早いな。」
時計を見れば3時半。
「砂由とこの後待ち合わせてるんだ。」
自然と頬が緩んでしまう。
砂由と外で会うのはとても好きなんだ。
だって、僕達が兄妹だと知らない人から見たら、
きっと僕達は恋人に見えるから。
「このシスコンが。」
「知ってる。」
だって、こんなにも砂由が好きだから。
さあ、早く砂由に会いに行こう。
今から行けば、きっと砂由より少し早く着くだろうから。
そうしたら、砂由を来るのを待とう。
砂由が僕に気付く瞬間も。
砂由が僕に駆け寄る姿も。
砂由が僕に話しかける声も。
砂由が僕に向ける笑顔も。
一瞬たりとも見逃さずに、僕の心の深い所に仕舞っておこう。
けして誰にも気付かれない、深い深い所へ。
砂由、君に会いたい。
汚れた感情をぶら下げた僕にどうか気付かないで。
君の目には、どこにでも居る普通の兄のように映っていて欲しい。
砂由、僕を見て。
その瞳に僕を映して。
目を瞑って仕舞わないで。
ずっと、ずっと、幸せそうに笑っていて。