記憶の欠片
4
ふわりふわりと思考が揺れる。
穏やかな気分ではなくて、どこか不安定だった。
でも、不安定でも永遠に続いて欲しいと、何故か思っていた。
「勝哉。おい、勝哉!」
「・・・マサ?なに?」
肩を揺すられて、隣を見れば正幸が呆れたような顔をして僕を見ていた。
何で僕がそんな顔をされなくちゃいけないんだろう?
「お前、俺の言ったこと聞いてたか?」
「・・・・・・・・。」
そう言われて考えてみても、
正幸が隣で何かを話していたことしか思い出せなかった。
そんな僕の考えが顔に出ていたのか、正幸からあからさまな溜息が零れる。
「あれ。砂由ちゃんじゃねぇの?」
「え?」
そう言って正幸が指を指したのは、横断歩道の向こう側にあるカフェ。
見間違えるはずもない砂由が、女の子と楽しそうに話をしていた。
何かを話し、楽しそうに笑う砂由に、思わず微笑んでしまった。
「シスコン。」
「うるさい。」
茶化すように正幸が肘で僕を突いてくる。
改めて言われると何処か恥ずかしい。
でも、僕のこの感情が親愛以上のものだとは正幸も知らない。
だからこそ、こうやって茶化すことができるのだろう。
そして、正幸が知らないからこそ、僕も巫山戯たように対応できる。
「お、気付いたんじゃないか?」
正幸のその言葉に釣られて、カフェの中にいる砂由に目を向ける。
途端、ばちりと合う視線。
一瞬驚いたように僕を見た砂由は、すぐに嬉しそうに笑って僕に手を振った。
「ホント仲良いな。おまえら。」
「羨ましいだろ。」
「はいはい。」
僕も砂由に向けて軽く手を振ると、砂由はどこか気恥ずかしそうに笑って、
隣の女の子へとまた視線を戻した。
友達だろう女の子は時々僕に視線を向けるけど、
砂由の意識はもうその子へと向いていて、僕には向いていない。
それは兄妹として当たり前のこと。
でも、僕の心は小さく痛み出していた。
「俺も妹欲しいかった。」
「マサ、弟いただろ。」
「弟と妹じゃ、きっと可愛さは桁違いだ。」
僕には弟がいないから、正幸の言っていることに賛同は出来なかったけど、
確かに妹が可愛いっていう点だけには頷くことが出来た。
可愛くて、可愛くて、ずっと笑っていて欲しい。
砂由の笑顔が、僕は何よりも大好きなんだ。
――――――・・・・・ドン!!
「・・・・・っ!?」
突然、周りが騒然とした。
「うわ、危ねぇ・・・・。」
近くの交差点で車同士の衝突事故。
どうやら運転手はどちらも無事らしい。
同乗者も他にはおらず、車だけの損失。
「怪我人出なくて良かったな。」
正幸が安心したように歩き出した。
僕もそれに付いて歩く。
でも、足が、震える。
「勝哉?」
この感情は、なんだろう。
怖い。
どうしようもない恐怖が僕を襲う。
分からない。
どうしてこんなにも僕は恐れているのだろう。
「勝哉、どうしたんだよ。」
「大丈夫。ちょっと驚いただけだよ。」
心配そうに僕の顔を覗き込む正幸に、何でもないと笑い返す。
でも、心にこべり付いた恐怖が胸を押し潰してくる。
この感情は、どこから来るんだ。
「なら、いいけど。」
納得していなさそうな正幸だが、
どうやら気にしないようにしてくれるらしい。
僕は無意識の内に砂由を見つめた。
砂由も事故を目撃していたようで、動揺の消えていない表情で
友達と心配そうに交差点を見つめている。
「砂由・・・・・・。」
砂由の顔を見たら、心が軽くなった気がした。
心に巣くっていた恐怖は散り散りになって消えていく。
・・・・・・・・でも、
恐怖と共に心に浮かんだ虚無感だけは、
砂由の顔を見ても、その浸食を止めようとはしなかった。