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記憶の欠片

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砂由

君が初めて彼氏を家に連れてきた日の事を、

砂由は覚えているかな?

あの時ほど、僕は自分の身体に流れる血や、

細胞の一つ一つを恨んだ事なんてなかったんだ。



「お兄ちゃん。あのね、斎藤くん。私の彼氏ね。」

「こんにちは。」



少し照れて、どこか気まずそうで、それでも嬉しそうに笑っていた。

そんな表情さえ愛おしいと感じたけれど、

砂由の隣に当然のように並んでいる斎藤くんが、

どれだけ羨ましかったか、砂由は知らないんだろうね。



「今度、斎藤くんと映画見に行くの。」



僕と見に行っていた映画も。



「見て!斎藤くんがくれたの。」



僕からのプレゼントよりも。



「ホントに付き合って良かった。」



僕自身よりも。



砂由の中での天秤が、斎藤くんに傾いていた。




あの頃の僕は、きっと壊れていたんだと思う。

砂由が誰か他の男のモノになったという事実を目の当たりにして、

もう、世の中の全てがどうでも良くなっていた。



「私と、付き合って、くれない・・・・?」



緊張した面持ちで、顔を真っ赤にして、小さく震えている女の子。

誰が見たってその様子は可愛いだろうし、何よりも健気だった。



「ありがとう。僕で、良かったら・・・・・。」



ボンヤリとした思考の中で、そう答えている僕が居た。

砂由に相手が出来たんだから僕だって、という対抗心が無かったとは言えない。

でも、何よりも、報われない気持ちを僕は知っていたから。

どれだけ虚しく悲しいのかを、僕は誰よりも味わっていたから、

誰かにそんな気持ちを背負わすのは嫌だったんだ。



「ねえ、勝哉くん。」

「ん?」

「私の事、好き・・・・・?」



良く、彼女は僕にそう尋ねて来た。

きっと、彼女は分かっていたんだろう。



「 好きだよ 」



これが仮初めの言葉だということを。

だってこの言葉は、砂由宛にしか、気持ちは籠もらないから。





程なくして、砂由は斎藤くんと別れた。

僕も、それに釣られるように彼女とは別れた。





泣くかなっと思っていた砂由は、僕の考えとは逆に

随分とケロリとして、スッキリしたと快活に笑っていた。

砂由が泣くかも知れないと思ったのは、

僕と別れる時に彼女が泣いていたからかもしれない。



「お兄ちゃんは、優しいからだよ。」

「そう?」

「うん。だから、嬉しいけど寂しいんだよ。」



砂由の言っていることが、僕には理解出来なかった。

砂由に彼氏が出来た腹いせに、女の子と付き合うような男のどこが

優しいというのだろうか。

斎藤くんがどこまで砂由に触れたのかが気になって、

ドロドロとした感情がどす黒く渦巻いている僕のどこが

優しいと言うの?



僕はこんなにも、優しさから離れた男なのに。







・・・・・・砂由

ずっと、ずっと、君だけを見てきた。

僕の中での天秤は、ずっと砂由の方に傾いているんだ。

君の隣に立てないことが、こんなにも辛いなんて、

永遠に知りたくなかったよ・・・・・・・。




作品名:記憶の欠片 作家名:アリル