記憶の欠片
3
砂由
君が初めて彼氏を家に連れてきた日の事を、
砂由は覚えているかな?
あの時ほど、僕は自分の身体に流れる血や、
細胞の一つ一つを恨んだ事なんてなかったんだ。
「お兄ちゃん。あのね、斎藤くん。私の彼氏ね。」
「こんにちは。」
少し照れて、どこか気まずそうで、それでも嬉しそうに笑っていた。
そんな表情さえ愛おしいと感じたけれど、
砂由の隣に当然のように並んでいる斎藤くんが、
どれだけ羨ましかったか、砂由は知らないんだろうね。
「今度、斎藤くんと映画見に行くの。」
僕と見に行っていた映画も。
「見て!斎藤くんがくれたの。」
僕からのプレゼントよりも。
「ホントに付き合って良かった。」
僕自身よりも。
砂由の中での天秤が、斎藤くんに傾いていた。
あの頃の僕は、きっと壊れていたんだと思う。
砂由が誰か他の男のモノになったという事実を目の当たりにして、
もう、世の中の全てがどうでも良くなっていた。
「私と、付き合って、くれない・・・・?」
緊張した面持ちで、顔を真っ赤にして、小さく震えている女の子。
誰が見たってその様子は可愛いだろうし、何よりも健気だった。
「ありがとう。僕で、良かったら・・・・・。」
ボンヤリとした思考の中で、そう答えている僕が居た。
砂由に相手が出来たんだから僕だって、という対抗心が無かったとは言えない。
でも、何よりも、報われない気持ちを僕は知っていたから。
どれだけ虚しく悲しいのかを、僕は誰よりも味わっていたから、
誰かにそんな気持ちを背負わすのは嫌だったんだ。
「ねえ、勝哉くん。」
「ん?」
「私の事、好き・・・・・?」
良く、彼女は僕にそう尋ねて来た。
きっと、彼女は分かっていたんだろう。
「 好きだよ 」
これが仮初めの言葉だということを。
だってこの言葉は、砂由宛にしか、気持ちは籠もらないから。
程なくして、砂由は斎藤くんと別れた。
僕も、それに釣られるように彼女とは別れた。
泣くかなっと思っていた砂由は、僕の考えとは逆に
随分とケロリとして、スッキリしたと快活に笑っていた。
砂由が泣くかも知れないと思ったのは、
僕と別れる時に彼女が泣いていたからかもしれない。
「お兄ちゃんは、優しいからだよ。」
「そう?」
「うん。だから、嬉しいけど寂しいんだよ。」
砂由の言っていることが、僕には理解出来なかった。
砂由に彼氏が出来た腹いせに、女の子と付き合うような男のどこが
優しいというのだろうか。
斎藤くんがどこまで砂由に触れたのかが気になって、
ドロドロとした感情がどす黒く渦巻いている僕のどこが
優しいと言うの?
僕はこんなにも、優しさから離れた男なのに。
・・・・・・砂由
ずっと、ずっと、君だけを見てきた。
僕の中での天秤は、ずっと砂由の方に傾いているんだ。
君の隣に立てないことが、こんなにも辛いなんて、
永遠に知りたくなかったよ・・・・・・・。