そのままの君で
「光と別れるつもりなんてないよ」
光のことを抱きよせたまま、言った。
まさか、自分の行動がここまで光を追い詰めていたとは思わなかったと反省せざるをえなかった幸太郎である。
最近とてもイライラしていたことは認めざるを得ない。光と一緒にいる時間も減らしていた。
しかし、それは光のせいではないのだ。
「俺は・・・」
「言わないで」
続けようとした言葉を遮られた。
「なにも言わないで。それだけでいい」
まだ赤い目をしながら幸太郎のことをみつめて、にっこりと微笑む。
「別れないってことだけで充分」
微笑っているその顔は、どこか寂しげで諦めが混ざっていた。
本当に、顔だけで付き合ってるって思ってたのか。
「ついて来て」
突然立ち上がった幸太郎が光の手を引く。
「え、ちょっと・・」
そのまま階段を降り始めた。自分たちの教室のある階よりも、もっと下へと降りていく。
連れて行かれたのは、2階の一番奥。図書室。
しかし、今日は司書の先生が休みで「休館」の札がかかっている。
幸太郎が向かったのは、一般生徒用の出入り口ではなく、図書準備室のドア。
ポケットから鍵を出して、その扉を開けた。
「なんで・・・」
「1学期いっぱいは図書委員長だから。その特権」
そんなことはどうでもいいのだとばかりに、準備室から図書室のほうへどんどん入っていった。
光の手をつかんだまま、向かった先は光が唐突に告白したときの本棚の前。
何を思ったのか、光の手を離すと、次々とその書棚の本を出して、床に並べ始めた。
「え、なにやってるの?」
戸惑いながらきくと、やっと本を出す手がとまった。
「見覚えない?」
床に並べられた本を示される。
よくみてみると、すべての本に見覚えがあった。
「これって・・・俺が借りた本?」
ぱらぱらとページをめくってみる。
その最後のページに付いている貸し出しカード。
当然自分の名前が書かれている。
その後には、笹山幸太郎の文字があった。
まさかと思って、他の本もみてみる。
中には自分の名前よりも先に幸太郎の名前が記されているものもあるが、ほとんどの本は自分の名前の後に幸太郎の文字が書かれていた。
「うちの学校って進学校だし、図書室は勉強の場所って感じだから、本を借りてく人って珍しいんだ。本読む人自体が珍しいかもしれない。俺は1年からずっと図書委員で貸出カウンターにいたけど、ほとんど暇だった。でもある日、このカウンターに5冊くらい本を積んで貸し出しを頼んできた人がいるんだ」
その言葉に、光が目を見開く。いつも自分が図書室からそれくらいいっきに本を借りていくことに思い至ったから。
「すごく綺麗な子でびっくりしたよ。でも、もっとびっくりしたのは、その中に俺の好きな本も何冊か混ざってたこと。趣味が合うのかもしれないって思って、その子が借りていった本は俺も読むようになったんだ。そしたらまたびっくり。そうやって読み始めたやつはみんなすごくよかったから」
「あのさ、そいつって・・・」
続きをうながす光の声には、期待が込められていた。幸太郎の答えは、その期待にもちろん応えた。
「もちろん、光のことだよ。光は貸出カウンターにいた俺のことなんて全然覚えてなかったみたいだったけど」
嬉しかったけれど、付け足された軽い非難は事実なので、黙り込む。
「だからさ、光から告白されたとき俺はすごく嬉しかったんだ。やっと俺に気付いてくれたのかって思った。すぐに勘違いだってわかったけどね」
後から光に一目ぼれだったと聞かされて、心の中ではかなり苦々しい思いをした幸太郎だった。
「・・・なんか、ごめん」
「謝ることじゃないよ。ただ、俺が光のことちゃんと好きだっていうの伝えたかったんだ。普段、あんまりそういうことって言えないから・・・」
ちょっと照れた様子で散らかした本を片付け始める。
光も一緒になって書棚に本を戻しながら、ふとあることに気付く。
最近になって借りた本が、散らかされた本の中に混ざっていないのだ。
一月ほど前に借りた本をこっそりと書棚から出して、貸し出しカードを見てみる。
そこには、幸太郎の名前は記されていなかった。
幸太郎のほうをみると、しっかりと目が合ってしまった。
「ごめん、最近のはあんまり読めてないんだ」
気まずそうにそれをいう幸太郎を見ると、晴れかけた気持ちに再び暗雲がたちこめた。
作品名:そのままの君で 作家名:律姫 -ritsuki-