そのままの君で
景気よくブチ切れた光は、その階の端にある教室へ進んでいた。
ものすごい剣幕だったからか、廊下にいる人たちはすべて光に道を譲る。
目的の教室まで来ると、自分のクラスではないにも関わらず、ずかずかと足を踏み入れた。
休み時間なのに勉強道具を広げて、光に気付く様子もない奴のもとへ向かう。
目の前に立っても顔をあげないのにイラついて、机をバンッと叩いた。
「光、どうしたの?」
大きな音にもひるまずに、彼はゆっくりと顔をあげた。
「ちょっと話があるんだけど」
断ることなど許さない、という剣幕で光が言う。
きっとそんな顔はいままで幸太郎の前では見せたこともないものだ。
「わかった」
幸太郎が立ち上がったところで、始業の鐘がなった。
彼らの様子を見守っていたクラスメイトたちは一体どうするのかとハラハラしている。
当の本人たちは、始業の鐘など聞こえなかったかのように教室を出て行った。
屋上は鍵が閉まっていて入れないから、屋上へ通じるドアの前に座った。
「・・・・」
「・・・・」
つい勢いでここまで来てしまったものの、なんと切り出せばよいのかわからなくて、黙りこむこと数分。
先に口をひらいたのは、幸太郎のほうだった。
「さっき、ビックリした」
その言葉で、光は自分がさっきしたことを冷静に考えなおす。
休み時間の終わりに廊下を猛進し、人の教室に入り込んで恋人の机をぶったたいたのだ。
しかもそのまま連れ出した。
「・・・そうだよな。いきなりごめん」
「そのことじゃなくて」
「え?」
「光のそういうとこ、俺に見せてくれたことってあんまりなかったから」
それはそうだろう。多くの人に顔をしかめられる性格の悪さを恋人の前で積極的にみせたいとは誰も思わない。
「・・・だって俺、性格悪いし」
「どこが?」
「幸太郎は知らなかったかもしれないけど、俺ってすっごいわがままだし、話すのも下手だし、細かいこと気にするし、ちっちゃいことをいつまでも根に持つし・・・」
自分のことではあるが、なんだか言ってて悲しくなってくる。
「だから俺の評価ってたいてい『顔だけなら良い』ってのがほとんどで・・・」
喋り始まると、止まらなくなっていた。
それは、はずみで言ってしまった、というには重すぎる言葉だけれど、光の心の中に常に巣くっていた疑問だった。
「幸太郎も、そうだろ?」
目を背けていってしまったがゆえに、隣に座る人の表情を見逃した。
あの穏やかな幸太郎が空気が一瞬にして、氷のようになったことを光が気付くことはできなかった。
「ずっと、そう思ってたの?」
「・・・顔だけで、1年も俺のわがままに付き合って、いい加減疲れた?」
「光」
喋るのをやめさせようと名前を呼んだが、止まらなかった。
「俺さ、昨日の夜に別れること考えてたんだ」
予想外の言葉に幸太郎が息を呑む。
「でも、無理だった。別れること考えても、すぐ後にはまだ続けられる道はないかって考えてる。だから、もう顔だけなら顔だけでもいいよ。わがままだって言わない。気に入らないところも直す。この顔も、体も、俺にあげられるものなら何でも幸太郎にあげるから・・・。だから俺と別れるなんて言わないで」
昨日、ほとんど眠れなかったであろう赤い目からぼろぼろと涙がこぼれてきた。
その頭を引き寄せて、髪をなでる。
ワイシャツが光の涙を吸っていった。
嗚咽が止まるまで、ずっとそのまま、柔らかい黒髪を撫で続けた。
作品名:そのままの君で 作家名:律姫 -ritsuki-