そのままの君で
「おはよ」
「おはよう」
学校の最寄り駅で幸太郎が光を待っていてくれる習慣には変わりない。
毎朝そこから徒歩10分の距離を一緒に歩く。
「昨日電話とれなくてごめん」
「・・・うん」
電話をとらなかったことくらいは別にいい。とれなかったときはこうやって謝ってくれる。
メールの返事が遅くなるときだって、幸太郎はいつも律儀にメールの文頭に謝罪の言葉をいれてくる。
でも、いつもなぜなのかを言ってくれない。
――なんで電話とれなかったの?
――なんでメールの返事が遅くなったの?
そう聞ければ楽なんだろう。
でも、世間でいわれるような『重い恋人』になりたくなくて、その言葉をいつも飲み込んでしまう。
そんなことを考えているなんて気付かれないように、いつもと変わらない笑みを浮かべながら、新しい話題をふった。
「夏休み、なんか予定あるの?」
「うーん、夏はずっと忙しいかも」
「ずっと?」
「盆くらいは、遊べるかもしれないけど」
「でも、俺は盆はいつも父親の実家に帰ってる・・・」
「それは、わかってるんだけど」
「じゃあ、なんで!?」
「そんなこといわれても、無理は無理なんだ」
あの穏やかな幸太郎が珍しく声を荒げた。
光の剣幕につられたのかもしれない。
そしてすぐに、そのことを後悔するように自分の口元を抑えた。
すでに校門の目の前まできていて、こんなところで押し問答をするわけにもいかず、だまって校内へ入る。
クラスが違うから、階段をのぼりきったところで別れた。
「あーーーもうーーーーーー」
けんかみたいになってしまった今朝のことを思い出して、自分の机に突っ伏す。
突然奇声を上げたことにびびったのか、友人ふたりが心配してよってきた。
「おーい、ヒカル。大丈夫かー?」
「今朝のことひきずってるのー?」
どうやら、今朝の口論と険悪な雰囲気はけっこう有名になってしまっているようだ。
「うるさいなあ」
「その性格がとうとう笹山君にばれちゃったとか?」
「でも俺らはお前のこと顔だけじゃないってちゃんとわかってるからな」
すでに慰めモードな友人の手をつねる。
「いててて。なにするんだよ」
「この性格がほんっとに顔にみあってないよなあ。黙ってりゃあ、つやのある黒髪に白磁の肌の純和風美人なのに」
「その呼び方なつかしー。入学当初は有名だったよな。『読書の純和風美人』って」
その見掛けのせいで遠巻きに眺められることの多い光は、なかなか友だちを作れない。自分から積極的に友だちを探しにいこうとは思わない性格なので、最初のうちは窓際の席でもっぱら読書にはげむという休み時間の使い方をしていた。
「中身を知って、その呼び方もすっかり消えちまったけど」
「まあ、そのおかげで俺らも友達になれたわけだけどな。まあ元気だせよ」
友人たちのなかでは、すでに光はフられたことになっているらしい。
「まだフられたわけじゃない」
しぶしぶそう言うと、友人二人は驚き顔。
「あれ、そうなの?随分前から浮かない顔してたから、今朝はとうとうか、と思ったんだけどな」
「うんうん、ここ1ヶ月どうやってお前のこと慰めようか一生懸命考えてたんだぞ」
1ヶ月。
他人の言葉できいてみると、それはとても長い時間のように感じた。
幸太郎の態度が硬化しはじめたのは、そんなに前だったのか。
「でも、別れ話とかは全然されないんだよな・・・」
それはそれで、不思議な話だった。
光に幻滅したのなら、さっさと別れ話を切り出してしまえばいいだけの話なのに。
「あー!!イライラする!」
幸太郎の煮え切らない態度の意味がわからなくて、ガターンと椅子を後ろに倒して立ち上がった。
友人二人だけでなく、クラス中がこっちを向いた。
でもいまは、もうそんなことを気にしていられなかった。
作品名:そのままの君で 作家名:律姫 -ritsuki-