そのままの君で
俺が笹山幸太郎(ささやま・こうたろう)と出会ったのは、1年ほど前だから、高校2年の初夏のこと。
目の前にいた男に、目が釘付けになった。
細身の長身に、整った顔。染めているわけではないのに茶色かかっている髪は校則からすると少し伸ばしすぎで襟にかかる程。
俺が見ているのに気付いて、その顔がこちらを向く。
目があうと、優しげで上品な笑顔に変わった。
しばし見とれたあと、自分の口から出たのはとんでもない言葉だった。
「・・・あの、俺と付き合いませんか?」
同じ学年だけど、何の接点もない相手に図書室でそう言い放っていた。
その理由は、目の前にいる相手の顔がとっても好みだったのもあるし、彼を包むやわらかな雰囲気は俺を魅了するのに充分だった。
相手はかなり驚いた顔をしたあと予想外の返事をした。
「喜んで」
一目ぼれで特攻したら何かよくわからないけど成功・・?
後から考えるとかなり恥ずかしいことをしたとは思うが、そのときは恥ずかしさなんて考えられないくらい目の前の男に夢中になっていたのだ。
勉強場所の確保を目的とする学校の図書館ではほとんど人気のない書棚の奥での出来事だった。
「俺、新井光(あらい・ひかる)。よろしく」
二人の関係は告白の後に自己紹介をするという、なんとも間抜けた始まりだった。
幸太郎のことを知れば知るほど好きになり、いつも幸太郎にまとわりつくような光。
そんな彼を愛しく思ってか、どんなわがままを言われてもさらりと聞いてしまう幸太郎。
付き合い始めがあんな適当なものだとは周囲に気付かせないほど、二人は仲むつまじかった。
しかし、それから1年がたち、少しづつ様子が変わってきた。
放課後の教室で二人きりでいても、以前のように甘い雰囲気はない。
幸太郎は勉強に熱心で光のことをあまり気にかけなくなった。
かまってほしくても、さっきのように軽くいなされてしまうことがほとんど。
かまってもらうのは諦めて隣で本を読み始めたところで、教室のドアが空いた。
「お、よかった。幸太郎まだいたのか」
息を切らせながら教室に入ってきたのは、幸太郎のクラスの学級委員。
「ちょっと一緒に生徒会室まで付き合ってくれないか?」
「ああ、いいよ」
「悪いな、助かる」
「気にしなくていいって」
低音なんだけど、やわらかい声。
「光、ちょっといってくる」
勉強するときだけかけている眼鏡を机において、立ち上がった。
「ごめん、新井君。15分くらいで終わると思うから」
人好きする笑みをうかべた学級委員は、あからさまに不機嫌な光をとりなすように言う。
そして、幸太郎は学級委員と肩を並べて、教室を出て行った。
今、忙しいっていったくせに。
学級委員の雑用には付き合うのかよ・・・。
約束の15分を過ぎても、帰ってこない。
そこからさらに10分たっても、足音すら聞こえない。
なんか、空しくなってきた。
ただ待っているのも退屈で、1階にある自動販売機でジュースでも買おうと思って教室を出た。
自動販売機が生徒会室の近くだったっていうのもある。
1階まで降りてみると、自販機スペースからは、誰かの話し声がした。
階段のわきからちらりと覗いてみると、幸太郎と学級委員の姿。
段差に腰掛けて、二人でなにやら楽しそうに話している。
距離があって何を話しているのかはわからないけれど・・・それでも、幸太郎のあんな楽しそうな顔はここしばらく見たことがないと思った。
しかも、俺のこと30分も待たせて・・・。
俺よりも、あいつのほうがいいっていうのかよ。
そう憤ってみたけれど、最近の幸太郎の態度を見る限りあながち間違ってはいないのかもしれないと思う。
幸太郎には、ああいう人好きする笑みを浮かべられる奴のほうが付き合いやすいのかも。俺はよく性格悪いって言われるし。
その証拠に、俺といるよりもずっと楽しそうに長い時間しゃべっている。
考え始めるとよけいに空しくなって、黙って一人で帰った。
帰り際にもういちど自販機近くを通ったけれど、幸太郎は光の姿に気がつかなかった。
作品名:そのままの君で 作家名:律姫 -ritsuki-