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先生様と私。

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 おとがいに指を当てて目を伏せて、意味深にそんな事を言う先生様。ですが、先生様は別に、哲学の先生という訳ではないのです。
 それに、昔は少しだけ、知人に頼まれて尋常小学校で簡単な勉強を教えていたことがありますが、今は別に、どこかで教鞭を取っている訳ではありません。
 ならば私がなぜ、ただの幼なじみである先生様を、未だに先生様と呼んでお慕いしているかといえば、それはそう、深い意味があってのことではないのです。
 ただ、女学時代、教師になろうとしていた私の勉強を見て下さる先生様だった。ただそれだけのことなのです。
 情けないことに、先生様があんなに力を尽くして下さったのに結局このとおり、学歴は高等女学校校止まりで、更に上の専門科や、職業の為の技能学校にも行かず仕舞いという訳です。
 因みに先生様は、私が女学校の四年間を納める間に高等科まで進みましたが、私の卒業から半年経った秋頃に、訳あって大学を二年で止め、地元へと帰って来たのです。
 そうして、先生様が望んで下さったおかげで結婚した私たちなのですが、それでも、やっぱり、先生様は今でも、私の先生様に代わりは無いのです。

「何に対しての『良い』かに因りますが……きっと、貴女がそう真剣に悩むくら
いですから……」

 ほら、その証拠に、このように、私のこんな他愛ない問いを、先生様はだから女は下らないなどと一蹴せずに、ちゃんと答えを考えて下さっています。
 私は、ともすれば期待にそわそわと揺らしてしまいそうな膝に両手を置いて、生け垣の向こうより、更に遠くを眺めるように目を眇める先生様を見守ります。
 私の先生様という呼び名と同じように、この、わくわくそわそわとした感覚も、幼いころから変わらないものの一つです。

「その『良い』は、甲乙尋で計れるような、数値のお話ではないのでしょうね?」

 ついさっきまで遠くを見ていらっしゃった目を、急にこちらに顔を向けた先生様にそう聞かれ、私はうっかり、鯛焼きを喉に詰まらせる所でした。
 それをどうにかお茶で飲み下し、はっと目を見開いた私は、痙攣する喉をおさえながら、こくこくと一生懸命に頷きました。
 先生様はその様子にくすくすと笑うと、お茶を手に取り一口啜りました。
 薄い唇から、ほう、とため息を付く先生様は、女の私から見ても、ちょっとドギマギとしてしまいます。
作品名:先生様と私。 作家名:刻兎 烏