先生様と私。
先生様は……とてもお綺麗な方なのです。
「例えば、私達にお茶の『良い』が解るのは、その基準があるからですよね?」
ふうふうと冷ましながら、横目でこちらを見る先生様に頷けば、先生様は満足そうに、再びお茶を啜りました。
その様子にはっとして、おかわりを注ぎ足そうと、お盆から急須を持ち上げた私を、先生様はクスクスと笑いながら手で制し、ことりと首を傾げてみせました。
「ならば貴女の探す『良い』も、誰かの『良い』の基準を聞く事で、見つかるか
も知れませんね……」
そう呟いてお茶を置いた先生様は、次に鯛焼きを手に取って、そのふくふくとした、あんこの一杯詰まったお腹に、猫のように噛み付きました。
「これは例えばなんですけどね……」
「あ……」
その頬に付いたあんこを拭き取ろうと、私は持ち上げたままの急須を再びお盆に置いて先生様に手を伸ばしました。
「私は貴女をいつも、『良い』と思って見ておりますよ?」
「え……あっ!」
片手を先生様に伸ばしたまま、くらんと縁側に倒れそうになった私の背に腕を
回したので、私は庭石の上ではなくて、先生様の膝の上に転がり込みました。
先生様の着物の裾を握り締めて固まる私の頭の上で、聞こえなかったかな、なんてわざとらしいため息を付いて。
「いつも元気で一生懸命で、常に私の事を考えてくれる、貴女が私は『良い』って言ったんです」
身体を伏せて耳元で言うものですから、私はいよいよ真っ赤になって、先生様
の着物の襟元をにぎりしめました。
全く、先生様は何でも知っていらっしゃるので困ります。
ここ暫くの私がずっと、色々と思い悩んだり、先輩の奥様に聞いたりなどして工夫していたことだって、きっとご存じだったのです。
そして、私がそれを、先生様にだけは知られたくないと、心の底から思っていることだって。
悔しいことに、先生様は、いつだってお見通しでいらっしゃるのです。
私に何でも教えて下さる、私の先生様って言ったら。
「先生様……私が何に悩んでいるのか、知っていらっしゃったでしょう?」
「さぁて、どうだかね……」
先生様の腕のなか、一生懸命に怖い顔を作って睨む私の視線なんて何処吹く風。
先生様は私の上半身を膝に乗せたまま、悠々と二個目の鯛焼きを頬張るのでした。