メギドの丘 三章
富士山。標高三千七百七十六メートル。日本で最も月に近い場所。
そこに降り立った奏たちが上を見上げ見たものは。
ある前提を置けば、美しい女性。和を形に表したらこのようになるのだろう。
ある前提、それは瞳だ。この女性には瞳がないのだ。白濁した瞳に黒い涙のような跡が頬にかけて浮かび上がっていた。
「妖艶・・・・・・何て言うのかしらね。まさしく精霊ね」
「分かりません・・・・・・不気味だけど美しいです」
ふと、そこで奏が違和感に気付いた。精霊が見つめているその先にあるものがない。
「ねぇ・・・・・・月は? 月は何処に行ったの!? さっきまではあったわよね?」
奏の違和感は的を捉えていた。月が忽然と姿を消していたのだ。
「はい・・・・・・確かにありました。召集がかけられたときに外にいたので覚えています。完璧な満月でした」
「不可解。謎」
その時、精霊が奏達に気付いたのか、天を見上げるのをやめ、奏たちを見降ろした。
そして、声にならない声、否、歌を歌い始めた。その歌は澄んでいて、心に染みる悲しみの音色だった。
「何・・・・・・何が始まるの・・・・・・いやっ!」
「っ!」
奏と結がその歌を聞いた瞬間、二人の脳内に激痛が走った。頭の中を覗き見されているような、頭の中に直接語りかけて来るような。脳内の神経を逆なでしているような。それに伴う激痛だ。
「や・・・めて」
奏は、思わず座り込んだ。
この歌を聴いていると嬉しさ、幸せを伴った記憶が隠れ、悲しみ、辛さを伴った記憶だけが表に出てくるのだ。
喜劇の涙ではなく、悲劇の涙を流すことしかできなくなるのだ。
「奏さん!? 結さん!? どうしたんですか?」
朔夜が、思わぬ事態に取りみだし声を張り上げたが、奏の耳には入ってこなかった。
今の、奏に聞こえるのは悲しみの歌。哀しみの音色。悲劇の歌。
「嫌だ・・・・・・お父さん・・・・・・お母さん! 行かないで! 置いていかないでよ・・・・・・!」
奏は迫りくる悲しみの奔流に身を飲まれていた。
「嫌だ・・・・・・全部思い出させないで・・・・・・忘れてたことまで思い出させないでよ! これ以上はやめてええええええええええええええええええええ」
奏は絶叫した。心の底から叫んだ。今まで経験してきた、悲しみ、辛さが一気に津波のように襲ってきたのだ。
精霊は歌い続けた。
何かに願うように。