メギドの丘 三章
「急にそんなこと言われても・・・・・・本当なのよね?」
「本当だ」
「んじゃ、わたしも行く」
「ダメだ」
奏の言葉に対し、当夜は即答した。
「なんでよ! 二人だけじゃ危険じゃない」
「危険だからダメなんだろ。奏を危険な目に合わせる訳にはいかないんだよ。俺は本気で命を狙われてるんだ」
「でも本当にそうだったら、敵地にわざわざ赴いてるようなものじゃない! 死にに行くようなものよ!」
「だから、バチカン総本部の内部に詳しいアリシアと行くんだよ。アリシアだったら顔見知りも多いし。だから大丈夫だ」
当夜は嘘をついた。奏の言う通り死にに行くと同意義なことなのに嘘をついた。
嘘をつくことしか出来なかった。
「奏さん、心配ありません。ちょっと調べ物をしてくるだけですから」
アリシアも当夜と同様に嘘をついた。
「でも・・・・・・」
「心配しすぎだって。大丈夫だよ。死にはしない」
「・・・・・・・・・・・・分かった。分かったわよ。ただし約束して、ちゃんと無事で帰ってくるのよ。」
「あぁ、分かってる。約束する」
「うん」
「・・・・・・お二人とも、ラブラブですね。わたし消えた方がよいのでは?」
「「・・・・・・・・・・・・・っ!」」
危なく二人の世界に入ろうとしていた二人が、正気を取り戻した。
「と、とりあえず、アリシアのこと頼むよ! また飛行機の時間に合わせて来るからさ」
「う、うん。分かった。待ってるね!」
「ま、わたしがいない時ならラブラブしてくれても構いませんがね。それでは当夜さん、後ほど」
そうアリシアが話を締めくくったのであった。
2
バチカン市国。イタリアのローマ市内にある世界最小の主権国家。
辺りはバロック、ルネッサンスの名残を残す永遠の都。
そこに二人の若い男女がいた。
その二人とは、神谷当夜、アリシア・オースティンである。
「いや、初めての海外だけど・・・・・・もう何て言うか・・・・・・凄いな」
当夜にとって初めての海外、つまり異国の地だ。
バチカンといと言っても、ローマ市内。
サンタンジェロ城、コロッセオ、ナヴォーナ広場、真実の口など観光名所は目白押しだ。それこそ一日では堪能出来ないくらいだ。
そして当夜の眼前に広がるはコロッセオ。その姿は永遠にも等しい悠然とした姿。かつて数百人の剣闘士が戦い、命を落とした場所。まさに古代ローマの象徴だ。
「言葉足らずですね、当夜さん」
しかし、そんな当夜と対照的にこの風景が日常なアリシアは冷めきっていた。
それはもう、目に見えるほどに。
「着いたばっかで避難かよ! 少しは黄昏色に染まるローマの街並みを堪能させてくれよ! そして古代ローマを感じさせてくれよ!」
「あなたは、乙女ですか? 夢追い人ですか? もしそうだとしても気色悪いですね」
「あのな、『気持ち悪い』より『気色悪い』の方が心なし気づ付くんですけど」
「すみませんでした。日本語って難しいですね」
「それだけ日本語流暢に話しておいて難しいもクソもないだろ」
「わたしのレベルはすでに、あなたを超越しているのですよ」
当夜はもう訳が分からなかった。けどまたこの一時も楽しかった。
「んじゃ、無駄話はもう終わり。とりあえずホテルにチェックインしようか。変装しいると言えど、あんまり人目に付くところにはいたくないし」
そう、今の当夜とアリシアは変装をしていた。変装と言っても、特殊メイクを施すといった大がかりなものではない。帽子にサングラスといった、ありきたりな変装なのだ。
「そうですね。仕方ないですね。ホテルに向かいましょう・・・・・・」
そこでアリシアがわざとらしく右手を口元に持っていきのけぞりながら言った。碧眼の瞳をうるうると滲ませながら。
「・・・・・・手を出したら殺します」
「なんでお前はいつもそっちに持って行くんだよ」
「目がギラついています。気味が悪いです。そんな君が悪いです」
「気味と君かけるな。うまくもなんともない」
ちぇ、と言いながらアリシアが携帯電話を取り出し、だるそうに操作を始めた。携帯のナビゲーション機能を使用するのだろう。
「わたし達は、コロッセオの目の前にいます。なので、ホテルまではだいたい五百メートルくらいですね。この目の前のコロッセオ通りを抜けて、マドンナ・デイ・モンティ通りに抜けたらすぐですね。それじゃぼちぼち行きましょう」
「なんかローマってさ、通りの名前までいちいちカッコイイんだな。日本なんて国道やら何やらしかないのにさ」
「そうですね。日本人は横文字萌えみたいなのがあるんじゃないでしょうか。ちなみに名前だったら、バチカンのすぐ近くにあるアナスタシウ通りが個人的には好きですね」
「なんかRPGのボスか武器で出てきそうな名前だな」
「ていうかアナスタシウス一世って昔のローマ教王ですよ。無知ですね」
「命狙って来てるやつの名前が好きと言われると思わねぇだろ!」
当夜は、全力で突っ込んだ。自分の命を狙って来ている組織のトップの名前、昔の一世だろうがなんだろうが、その名前を一瞬でもカッコイイと思ってしまった自分が情けなかったのだ。
「別にわたしは命を狙われている訳ではありませんよ。命を狙われているのは当夜さん・・・・・・・・・・・・あなただッッ!」
アリシアは、当夜の顔をめがけ人差し指を尽き出し、決め顔をした。恥ずかしくなるくらい決めていた。しかし、本人に羞恥はなかった。
「そうですね。んじゃ危機感持とうよ」
当夜は、そっけなく且つ冷徹に返した。
するとアリシアは、へなへなと音が聞こえるくらいのオーバーリアクションで地面に座り込み落胆を表現した。
「ひどいです。わたし、もう当夜さんが嫌いです」
「いいから行くぞ。明日には総本部に乗り込むんだから、計画を立てないと」
「盛大に流しましたね。金髪碧眼の美少女渾身の演技を。ロリ属性を持った方々から非難中傷されますよ」
そう言って、アリシアは立ち上がり手や衣服に付いた汚れを払い歩き始めた。
「とりあえず、ホテルにチェックインしたら夕食を食べてお風呂に入ってゆっくり身体を休めましょう。そして作戦会議を行い早めの就寝ですね。ま、乗り込むのは明日の夜ですが、早めに寝て疲れを取りましょう。時差ボケなんて言ってる暇はないんですからね」
「そうだな、それがいいよ」
結局、真面目な話、くだらない話をしていると五百メートルなんて距離は体感時間にしては一瞬だ。アリシアがそれを告げた。
「このホテルです。列記とした四つ星ホテルですよ」
「ここ!? すげー高そう・・・・・・」
さすがはローマンスタイルだな、と当夜は感嘆の念を上げた。日本の高級ホテルとはまた違うローマの歴史を感じさせるように聳え立っていた。
「お金の心配はいりませんよ、もう払ってありますから。とりあえず入りましょう」
そう言ってアリシアがそそくさとホテルに入っていくのを、当夜が追いかけた。中に入るとまた感嘆だ。感嘆で、感歎だ。