メギドの丘 三章
嘘をついてないのは分かった。しかし、いくら当夜であろうとこの少女の思惑は分からない。
純粋に組織に疑問を持ち、調べようとしているのか。
疑問を持ったように演技をし、当夜をバチカンへ連れて行って拘束しようとしているのか。
当夜には分からない。
しかし、当夜はこの少女と共にバチカンに行く決意をした。
これは大きな賭けだ。
『利用される』か、『利用する』か。はたまた本当の仲間へと変わりゆくか。
そう考えた所で当夜は未だ突きつけていたベレッタを引き、少女の手を取って立ち上がらせた。
「わたしと一緒にバチカンに行きましょう。そこで全てが繋がるはず。あっ、自己紹介がまだでしたね。わたしの名前はアリシア。アリシア・オースティンです。アリシアって呼んでください。よろしくお願いします」
アリシアはぺこりと可愛らしく一礼をした。
「あぁ、しばらく手を組むか。改めまして神谷当夜。よろしく」
当夜もアリシアに習い、軽く頭を下げた。
「はい・・・・・・あっそれとね、言い忘れたんですけど、お偉いさんが話してるときに盗み聞きしたんですけど『世界』とか『ラッパ』とか『神』なんて言葉が飛び交ってましたね」
「世界、ラッパ、神・・・・・・全く持ってわかんねぇな。そこでどうして、俺の暗殺に結び付くんだ・・・・・・? やっぱりすぐにでもバチカンに行くべきだな。新手が来るかもわかんないし」
「そうですね。しかし、バチカンで調べるにあたって問題が一つ発生します」
アリシアが可愛らしい顔を歪め神妙な面持ちへと移り変わる。
「バチカン総本部・・・・・・サン・ピエトロ大聖堂に隣接するバチカン宮殿がそうです。そこはローマ教王の住居でもあり、総本部でもあるのです。用するに、彼らの駒同然であるわたし達には宮殿に入ることはほぼ不可能です」
「んじゃ、そうするんだ? 無理矢理入るにしろ即やられちまうだろ。俺の顔なんて奴らに割れてるだろうしさ。ていうか、その『ほぼ』って言い方だとある程度入る方法は考えてあるんだろ?」
「あっ。ばれちゃいましたか。つまらないですね」
「ここでふざけてる場合かよ・・・・・・いいから早く言ってくれ」
口を尖らせ、しぶしぶと言った感じでアリシアが話を続けた。
当夜は、若干可愛いな、なんて思ったがアリシアが話す言葉へと無理矢理意識を持っていった。
「そうですね、今から話すのはあくまで『入る』ということだけですよ。そこらへんを分かってください」
「分かった」
当夜は、手短に答えて話を促した。
「わたしの第六感の能力を使用します。わたしの能力は端的に表現しますと『闇』ですかね。要するに『光』の逆ですよ。闇に紛れる、闇に消え入る、闇に浸りゆく・・・・・・能力の利用法は様々です」
「ちょっと待て・・・・・・全く持って意味が分からないんだけど」
「あなたはバカですか? なんなんですか? しょうがないですね。もっと簡単に説明してあげますよ」
アリシアが少し毒づいたが、当夜は最初くらい許そうという広い心でスルーを決行した。
「わたしが能力を発動している時、相手は、わたしに気付くことはできません。それは『闇』だからです。『闇』とは完全に光が届かない状態です。光が届かないということは反射しないということです。そして、反射しないということは、わたしを認知することができないという訳です。ここまでは分かりますよね?」
当夜は、昔に朔夜と訓練した時に、乱反射を利用し、朔夜の身体がステルス迷彩のように半不可視状態へと変化していったのを見たことがある。
朔夜曰く。
『まるっきり透明のようになるなんて反射の調節、光の加減等々の問題で無理ですよ。ていうか、わたしのレベルじゃ今の状態でいっぱいっぱいです。しかも、もって五分ですね』
とのことだった。
ということは、アリシアの能力は結構凄いんじゃないかな、と思った。
「あぁ・・・・・・前に見た朔夜の能力の応用に似ているな。根本的には違うけど・・・・・・凄いと思うよ」
「光の能力者ですね。彼女ほどの応用力はありませんが・・・・・・使いようです」
話を戻しますね、と一言添えアリシアが口を開く。
「そして、わたしの能力は闇を調節できます。その時の暗さに応じて同化することが出来ます。ちなみに『闇』と大それた表現をしていますが、結局はあらゆる物に降りかかる光子の量を調整しているわけです。なので、わたしの能力は夜に真価を発揮します。『光』の朔夜さんが日中に真価を発揮するように」
「闇に同化し、侵入するのか・・・・・・」
「そういうことになりますね。多分闇に紛れれば侵入は容易いでしょう。問題はやはりそのあとですね」
「・・・・・・そうだな。バチカン宮殿の内部も分からないし、何かしら書類があるのか、全てはローマ教王の頭の中なのか・・・・・・」
「まぁ・・・・・・宮殿内に入ったら全て当夜さんに投げ出します」
「急に責任転嫁をするなよ!」
この子は独特のリズム感がある、と短い時間に当夜は一つの結論を導き出した。
「ま、それは置いておきまして、これからよろしくお願いしますね、当夜さん」
置いておくんだ、と心の中で溜息混じりに呟きながら当夜はアリシアの言葉に答えた。
「よろしくな、アリシア」
そこでアリシアは何かを思い出したかのように、ハッと目を見開いた。
「今日泊まる家がありません! ちなみに飛行機のチケットは今日の夜の便です。今晩だけ泊めてください・・・・・・まさかこんな幼い少女を一人で野宿はさせないですよね・・・・・・?」
最後の方の言葉は涙目交じりだった。しかも、上目づかい。当夜にとって破壊力抜群だったのだ。
「えっ!? 泊めるの? ていうか飛行機までの時間ないし!」
「ちなみに手をだしたら殺します」
「そこは出せねぇよ!」
「出さないんですか? それはそれで少し落ち込みますね」
「・・・・・・どっちなんだよ」
当夜は、今日一番の溜息をこれでもか、というくらいに長く大気に開放し、携帯電話を取り出した。
時間にして、午前四時。
彼女は起きているのだろうか。普通に寝ているだろう。起こしたら確実に怒られるだろう。当夜は、そう考え再度大きな溜息をし、通話履歴から一人を選択し通話ボタンを押した。
隣で「そんな溜息ばっかりついてると幸せが逃げますよ」と聞こえたが、当夜は勿論盛大にスルーした。
当夜の耳元には、憂鬱を誘う呼び出し音だけが鳴り響いていたのだから。
「で、どういうこと?」
彼女、所謂、四百刈奏、その人は明らかに怒っていた。
当たり前だ。朝方四時に電話で叩き起こされたと思ったら、友達という枠を超えた関係にあるかもしれない男が金髪碧眼の美少女を連れてきたのだから。
しかし、その男にとっても十代半ば、自分よりも年下の少女と同じ屋根の下で一晩と言えど、一緒に過ごすのは気が引けたのだ。
そして、その男、所謂、神谷当夜は素直に謝り現状を説明した。
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