メギドの丘 二章
さすがの真弥も二人の勢いに圧倒され、二歩三歩後ろへたじろいだ。
「でも凄いですね、お二人とも。わたしも、あんなお城に住んでみたいものです。当夜さん、なんとかなりませんか?」
「なんねぇよ。でも、なんとかしてあげたいのが今の心境です」
「さすが当夜さん、期待してますよ」
「当夜くん、朔夜ちゃんになんとかしてあげるなら、わたしにも用意してくれるってことよね?」
当夜を見る奏の視線はどことなく攻撃的な感情が含まれており、当夜は肩をすくませた。
そのとき平和な日々を嘲るように街全体に耳が痛くなるほどの警報が鳴り響いた。
「なんだ!」
「嫌な予感がするわね・・・・・・」
奏は特に取りみだした様子はなく、落ち着いて成り行きを見守っている。
「・・・・・・あいつらですかね」
「なんだよ、人が楽しく水着美女を堪能しようと思ってたのによ」
「とりあえず、あいつらだったらソッコーぶっ倒して遊ぼうぜ」
当夜が言ったその時、砂浜にアナウンスが流れた。
「こちらは気象庁です。現在沖縄県沖に巨大な津波が観測されました。繰り返します。沖縄県沖に巨大な津波が観測されました。津波の到達時間はおおよそ一時間半余りです。住民の皆さんは至急沖縄県内陸地下シェルターに避難してください。繰り返します。住民の
皆さんは至急沖縄県内陸地下シェルターに避難してください。なお、非難されたら安全の確認がとれるまで地下シェルターを出ないで下さい。以上」
一瞬の沈黙が辺りを包んだ。
直後辺り一面がパニックに陥った。
海とは反対方向へと駆け出す者。
何をしていいか分からずに右往左往する者。
人の波の奔流に飲み込まれ倒れこむ者。
当夜たちは、そういった人たちを手助けしつつ今後について話し合う。
「国もやり方ってものがあるでしょ! ていうか完全にあいつらが来るわね」
「それほどまでに時間がないんだ。直に国の人たちが来るだろ。俺らはとりあえずここで待機するしかないな」
その時、当夜の水着のポケットに入れていた携帯が鳴り響く。
当夜はすぐさま携帯を手に取りサブ画面を確認する。サブ画面の小さな液晶モニターには「佐江さん」の文字が浮かび上がっていた。
「もしもし! 佐江さん? 一体何が起きてるんですか?」
当夜は、電話に出るなり状況確認をした。
「ん~、なんか来るみたいだからよろしく~」
「え? 何ですか? 何が来るんですか?」
プー、プー、プー、プー、プー。
「・・・・・・」
当夜は、佐江の適当さに肩を落とし、ため息を大きくついた。
「佐江さん、何だって?」
真剣な面持ちで質問する奏に、当夜は何て答えるか一瞬悩み言われたことをそのまま話した。
「なんか来るみたいだからよろしくだって・・・・・・二日酔いっぽいな、佐江さん」
「なんかって・・・・・・この感じだと多分でかいやつがくるわよ」
「そうですね、気象庁にまで根回しするってことは・・・・・・精霊かもしれないですね」
「あー本当嫌だ。さよなら、水着美女たち」
「ひとまず、このままの恰好じゃ戦えないわ。一般の人も皆いなくなったことだし、一旦、ホテルに戻って着替えて各自戦闘の準備をして、三十分後にここに集合。いいわね?」
奏のその言葉を合図に、当夜たちはホテルへと駆け出した。
ホテルの一室。当夜は着替えを済ませ、ベッドに腰掛けていた。
「精霊か・・・・・・」
当夜は、『精霊』という言葉に自分をこの世界に巻き込んだ発端である炎の巨人のことを思い出していた。
また悪夢が始まるのかもしれない。
当夜の心の奥底にはやはりトラウマのように『精霊』が生み出す悪夢に対する恐怖が多少なりとも根付いているのだ。
しかし、昔と今は違う。
ここで怖気付いてはいられない。
昔の当夜だったなら、今まさに自分の殻に閉じこもり怖気づいていたであろう。
しかし、今の当夜には守りたいものがある。
守りたい人がいる。
それを考えるだけで、当夜は立ち上がることが出来た。
「三十分・・・・・・よし、行くか」
そう言って一回深呼吸を行い、心を落ち着かせ、腰を持ち上げ、ドアノブを回し、戦地へと向かった。
背中に様々な思いを背負い、拳に様々な思いを乗せて。
当夜が海に着くなり、目を見張った。
つい三十分前まで穏やかだった海の景色はなくなり、波が猛々しく荒れ狂っていた。
「予定より早まっているのか」
当夜以外はまだ来ていないみたいだった。
涼と結は相変わらず自分の世界に入っているため、人数に数えないことにした。
奇跡的に二人の芸術は波の襲撃から逃れ、未だにその原型を保っていた。
「遅れてごめん・・・・・・波、凄いわね」
当夜に遅れること一分。奏、朔夜、真弥が海に到着した。
と、そこへ奏でたちの到着を待っていたかのように、思わず耳を塞ぎたくなるような地鳴りが響き渡った。
足元も地震のように揺れ、バランスを崩しそうになる。
「来るわよ」
地鳴りと、揺れが収まり辺りを不気味なくらいな静けさが襲った。
『嵐の前の静けさ』っていうのは、こういうことだな、と当夜は重い生唾を一回、ゴクリと喉を鳴らしながら飲み込んだ。
突如、目の前の海が一斉に引いて行った。この波の引きに巻き込まれたら人間は、一巻の終わりであろう。そのくらいのスピードで波が引いて行っているのだ。
「これ・・・・・・ヤバイんじゃないですか?」
「ちょっと、予想外だよ、この状況! え? 逃げた方がいいんじゃない?」
「逃げたいけど・・・・・・わたし達がやらなきゃ誰がやるのよ」
「来るぞ」
当夜は、能力を使用し視力を最大限までに底上げした。
遠くに捉えたのは、推定五十メートル以上はあろうかという津波だ。
時速は百キロメートルを遥かに超えている。
「本格的にヤバイ・・・・・・精霊だ」
当夜が津波の他に捉えたのは、口から炎を吐き、その口には鋭く巨大な歯が生えていて、体には全体に強固な鎧をおもわせる鱗があり、海蛇や竜などといったものに似ても似つかない形をしていた異形の者だった。そして、額には精霊であることを表す、十字架に蛇が絡みついた紋章があった。
「どうするのよ!」
「ちょっと待て・・・・・・今考えてる」
さすがに当夜も焦りと苛立ちを隠すことが出来なかった。
当夜は、急速に加速していく思考の中、焦りが優先して冷静に考えることが出来ない。
当夜が、精霊、悪魔と戦うことを決意して初めての精霊戦だ。しかも、相手は強大。冷静に戦闘法を考えることなど出来なかった。
こうして考えている間も大海原の竜は、津波と共に死を運んできている。
名案とは言えずとも当夜は、ダメ元で朔夜に問いかける。
「朔夜、太陽光を収束してあいつに突き刺すことは可能か?」
「ダメです・・・・・・わたしの太陽光の収束は近距離でしか使用出来ません」
当夜は、口の中で舌打ちをし、再度思考を巡らす。
「奏! 俺が大気中の水分を集める! それであの津波を凍結できないか?」