メギドの丘 二章
当夜の言葉を聞き、奏は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに何かを思い出したみたいな表情に変えた。
「そういえば、こうやって二人でゆっくり話すのは、あの時以来だね」
そう言って奏は微笑み話を続けた。
「わたしは、お礼を言われることなんて何もしてないよ。当夜くんが自分で決めたことなんだから」
「そうだとしても、きかっけを作ってくれたのは奏だよ」
改めて奏と二人きりで話すと、当夜は奏への感謝の気持ちでいっぱいだった。奏では、いわば当夜の命の恩人でもあるのだ。
「そっか。ありがとね。でも、あれは、わたし自身にも向けた言葉だったんだ」
そこで奏は、海の遥か彼方を見つめるように遠い目をし、ふっと表情を曇らせた。
「今でもやっぱり思い出しちゃうんだ。・・・・・・昔のこと」
奏が、そっと当夜の方へ距離を詰めた。当夜はそれを無言で受けいれ次の言葉を待った。
「三か月前くらいにね、わたしも第六感の能力に目覚めたんだ。その時は、家族で出掛けててね、星を見に行ってたんだ。天体観測、お父さんの趣味だったんだ。わたしは、お父さんとお母さんが二人で仲良く星を見てるのを、後ろから見てるのが好きだったんだ。そしたらさ、何かを引き裂くような音がして、目の前がひび割れたように見えたんだ。でも、お父さんもお母さんも気づいてなくて・・・・・・そしたらそこから今までに見たことのない何かが出てきたんだ」
そこまで話すと、奏の瞳には薄らと淡く光るものが浮び、小刻みに肩が震え始めた。
当夜は、そんな奏の頭を肩に寄せた。そうしてあげることしか出来なかった。
「まず、お父さんとお母さんが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その後はわたしの腕・・・・・・・・・・・・・・・」
当夜の隣で奏は、左腕を押さえていた。
少し俯き、月明かり淡く光る髪が頬を隠した。
しかし、その髪は隠し切れていなかった、一粒の滴だけは。
「もういいよ、奏」
奏の左腕。
造られた腕。
当夜の脳裏に腕が消えた、あの時の奏の姿がフラッシュバックした。
当夜は、隣で必死に強がっている奏の頭を撫で胸にある思いを刻んだ・・・・・・いや、誓った。
奏の涙をなくすには。
奏の居場所を守るには。
奏の悲しみをなくすには。
奏の笑顔を守るには。
奏の痛みをなくすには。
「・・・・・・わたしやっぱり怖いよ、当夜くん。・・・・・・怖いよ・・・・・・死にたくない・・・・・・生きていたいよ」
奏の願いを叶えるには。
「大丈夫。俺が守るから」
そう決意した。
翌朝午前七時。カーテンの隙間から洩れる朝日に当夜は目を覚ました。
あの後、当夜と奏は二人でしばらく話してから部屋に戻った。話と言っても真面目な話ではなく、何の変哲のない会話をしていた。結局、夜中まで話し込んでしまったのだ。
「くあぁ・・・・・・もう七時か」
ホテルの朝食の時間は朝七時から九時までである。
当夜は朝食を済ませようと思い、だるさが抜けない身体を無理矢理叩き起こそうとした。
その時。
ピンポーン
部屋にチャイムが鳴り響き、すぐにドンドンと扉を叩く音がやかましく響き渡った。
「・・・・・・誰だよ」
と、と言ったものの、すぐさま当夜には八割方犯人の予想がついた。
「当夜ああああ! 朝だよおおおおお!」
真弥だ。
当夜の予想はやはり的中した。
「海行こうぜええええ!」
当夜は周りの部屋の人に迷惑がかからないように、真弥を部屋に入れた。
勿論、嫌々だ。
正直、早朝から真弥のテンションに付き合うのは辛かった。
「朝からなんだよ・・・・・・てゆうか、まだ早いだろ。飯食ってないしさ、何より寝起きなんですけど。ちなみに午後から水族館とか万座毛とか巡るんだろ」
「えええええ! んじゃ、九時くらいに行こうぜ! 観光前に一遊びしようぜ」
「はぁ・・・・・・いいよ、わかった。とりあえず飯食ってくっから待ってろよ」
「はいーっす。んじゃあと連絡してちょうだい」
「あいよ」
とりあえず朝飯に行くかと思い、当夜は朝食会場へと向かった。
「おはよ、当夜くん」
「おはようございます、当夜さん」
朝食会場には、奏と朔夜の姿があった。
「おはよ。あれ? 結は?」
「部屋に行ったんだけどいなかったのよね。そっちこそ真弥と涼くんは?」
奏は、昨日のことを気にしてか若干顔を赤らめながら話していた。
「真弥来てない? さっき部屋に来たからいると思ったんだけど。涼は部屋に行ったけどいなかったな。てか、真弥が九時くらいに海行こうって言ってたよ」
当夜は、奏のそんな様子を見ながら話していたら、自分まで緊張してきて頬が赤くなるのを感じた。
「昨日楽しかったですもんね、海。けど、午後から観光なのに元気ですね、あの人は。って言っておきながら、わたしも行きますけど」
朔夜は、そんな当夜たちに気付いてか気付かないでか、普通に話を続けた。
「実際こんなゆっくり出来るの久々だしな。とりあえずそういうことだからよろしく」
「わかったけど、結ちゃんと涼くんはどうする?」
「あの二人は・・・・・・一応メールだけ入れてみるわ。朔夜、お願い。メールしておいて」
当夜は、敢えて朔夜に頼んだ。当夜は朔夜のことが可愛くて仕方ないのだ。恋愛対象としてではなく、妹的存在として。
なので、時々このように絡みたくなるのだ。
「わたしですか? 当夜さんがすればいいじゃないですか」
「とりあえず、よろしく」
「もー、しょうがないですねー。分かりました、メールしておきます」
やっぱり朔夜は可愛らしいな、当夜は再確認した。
そしてこれからも、時々ちょっかいをだそうと決心した。
「んじゃ、九時にフロント前に集合して海に行くか」
「そうね。んじゃ、準備するからまた後でね」
「またフロントで会いましょう、当夜さん」
「あいよー」
そう言って、遠ざかる二人の背中を見送りずつ残りの朝食をたいらげた。
朝九時過ぎ。当夜を始めとする真弥、奏、朔夜は目の前で繰り広げられる光景に目を点に変えていた。
それはと言うと、朝九時にフロントに集合して海に向かうと、そこには人だかりが出来ていた。真弥が興味深々に近づいて行き、それを追うような形で当夜たちも人だかりに向かった。そして、そこで繰り広げられている光景に目を点にしているのだ。
そこには。
砂で作られた芸術があった。
それはヨーロピアンな雰囲気を彷彿させる城。
特筆すべきはその再現率だ。小さな窓、扉まで繊細かつ正確に再現されているのだ。
その城を創る芸術家が・・・・・・
涼と奏だ。
周りを囲むギャラリーに目もくれずに黙々と目の前の城の細部を仕上げている。
「あいつら・・・・・・いないと思ったら朝から、これ作ってたのか。しかし・・・・・・凄いな」
当夜は、感嘆の念を織り交ぜつつ呟いた。
「おーい、涼、結! すげーな、お前ら」
そんな当夜の傍ら、真弥が走り出し、人だかりを掻き分け、二人が織りなす砂の芸術に触れようとした。
「「触るな」」
涼と結の思考がシンクロし、真弥の手を目にも止まらぬ速さで叩き落とした。
「ご、ごめん」