メギドの丘 二章
「分かるよ、当夜。俺なんて夢にまで水着の美女が出てきて・・・・・・あんなことやこんなこと・・・・・・ぶはぁ!!」
真弥の言葉が十八禁指定に触れる寸前に奏が豪快に真弥の鳩尾めがけて蹴りを放った。
「朝からやかましい! よくもまぁ、朝っぱらからそんなことをぬけぬけと言えるわね!」
「痛いよ、奏・・・・・・もしかして嫉妬?」
真弥は、ビンタに懲りずに奏を挑発した。
「っ! そんなわけないでしょ!」
「まぁ、とりあえず落ち着こうぜ。な?」
放っておいたら長引きそうな気がし、当夜が二人をなだめた。
「ちっ、めんどくせぇ。なんで沖縄なんざ行かなきゃなんねぇんだよ」
その横で涼が不満を口にしている。
「涼さん、それ本心じゃないですよね。涼さんが一番楽しみにしてますよね」
「涼、嘘つき」
朔夜と結がすかさず、涼に的確なツッコミを入れた。なぜ的確なのかと言うと・・・・・・涼の脇に置いてある荷物がそれを物語っていた。
涼の脇に無造作且つ大切に置かれているボストンバックはパンパンに膨れ上がっていた。朔夜が涼の隙を突いてバックのチャックを開けるとそこには、シュノーケル、
ゴーグル、水着、浮き輪などといった海に行くには欠かせないアイテムがぎっしりと詰まっていた。それはもう、チャックを開けた瞬間に溢れんばかりに詰まっていたのだ。
終いには『皆と楽しむ沖縄旅行』と表紙にでかでかと書かれている雑誌まである。
ゴーグルなどには値札が残っていることめから、佐江から沖縄旅行のことを言い渡された後、急いで買い集めたのかもしれない。
結構、ツンデレキャラなのかな、と当夜は思った。
「おい、何やってんだよ、お前」
珍しく涼が焦りの表情を見せ、チャックを閉めた。
「ほら、やっぱり楽しみなんじゃないですかっ」
「涼くん、そんなに楽しみだったのね」
「涼! お前はこっち側の人間だったのか!」
「涼、素直に」
「うるせぇよ、楽しみなんかじゃねぇって」
皆の言葉に、涼は機嫌が悪そうに否定した。当夜もさすがに、言わずにはいられなかった。
「涼・・・・・・諦めろって・・・・・・な?」
そんな当夜の言葉に、涼は舌打ちを一回して返すだけだった。
「みんな早いわねー」
そこへ決め込んだ佐江が早朝にも関わらず、はじけんばかりの笑みを浮かべながら駆け足でやってきた。もちろん大きな旅行バックを持ってだ。
「「おはようございます」」
自分たちの上司に全員が気持ちのいい挨拶を返す。自分たちの気持ちとは裏腹に。この時だけは皆の気持ちが一つにまとまっていた。
気合入ってるな、と。
「みんないいわね、全力で楽しんで、楽しんで、一夏の甘い恋をするのよ!」
「ははは、そうっすね」
当夜は、テンションがガンガン上がっている佐江を軽く流した。誰も反応しなそうだったから、居た堪れなくなったのだ。
「夏の妖精たちが繰り広げる背徳のファンタジー・・・・・・あぁ・・・・・・素晴らしいわね、当夜くん!」
佐江は神に祈るようなポーズを取り、自分の世界に入り始めた。
もう此処まで来ると誰にも手をつけられない。
もう、無視を決め込もう・・・・・・誰もがそう決意したと思ったその時。
「佐江さん! 分かります! 美女と水着が織りなす神聖なるハーモニー・・・・・・そのハーモニーの指揮者に俺はなりますよ! そして・・・・・・」
真弥だ。
当夜たちは、この単純なバカがいることを失念していた。
真弥は、佐江に呆れて黙っていたのではない。
単純に期待に満ち溢れ、燃えたぎる心を言葉に出来なかったんだな、と当夜は思った。そして、二人を除いた全員が同じタイミングでため息をついた。
「海だああああああああああああああ!!!!」
あれから約三時間後、当夜は沖縄の海にいた。
沖縄の海は東京湾とは違く、澄んだエメラルドグリーンを彷彿させる輝きを放っていた。初めての沖縄の海に、当夜は興奮を隠せずにいた。興奮しているのは当夜だけではない。
「うひょおおお、ヤバイね、当夜! 水着美女いっぱいだよ!」
感動しているところは若干違うが、今の当夜には関係ない。
「真弥・・・・・・これがビキニマジックと呼ばれるものですか・・・・・・?」
「あぁ、そうだよ・・・・・・俺たちは、この場にいる限り永遠に逃れることのできない魔法にかかってしまったのさ・・・・・・」
「真弥・・・・・・逆に俺、この魔法が解けなくていいよ」
「俺もだよ、当夜。沖縄・・・・・・万歳」
ちなみに女子陣はというと、お着替えタイムだ。やはり男の方が準備が早く、目と鼻の先に待っているであろう海という名の楽園に行くのが待ち切れず、男三人で先に来てしまったのだ。
先から会話に全く参加していない涼はというと・・・・・・
海に着くなり場所を確保し、パラソルを組み立て、その下で今は必死に浮き輪を膨らませているのだ。
「てゆうか、あれだよな。実際、涼って沖縄めちゃくちゃ楽しみだったでしょ・・・・・・?」
無言で海を満喫するための用意に勤しんでいる涼に、当夜が話しかけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
相変わらず、涼は無言を貫き通した。
「当夜、涼なんてほっといてさ、水着美女堪能しようぜ」
「水着で思い出したんだけど、女子たちもう着いてもいい頃だよな」
二人は同時に海から目を離し、後ろを振り返った。
遠目にこちらに歩いてくる三人の女の子たち。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
沈黙。
「あれだよな・・・・・・なんか普通だな。周りに負けてるよな、絶対」
当夜が沈黙を破った。
「当夜、そう言いなさんな。俺たちは海の女神を拝んでいたんだ。仕方ないことなんだ・・・・・・」
そして二人はまた水着美女を眺め始めた。
もちろん涼は黙々と何かの作業を行っているが、二人はもう気になどしていない。
「お待たせ―」
奏、朔夜、結の三人が当夜たちに合流した。
「あれ? 佐江さん来てないの? ってか、なんか反応とかないの?」
「そうですよ、お二方。女の子が水着なんですよ。興奮とかしないんですか?」
奏と朔夜が、着いて早々不満を口にした。
「ちゃんと興奮してるよ! 心配しないで!」
真弥が慌ててそう言うが、興奮の対象が違うだろ、と当夜は女子陣に申し訳ないので心の中でツッコミを入れた。
「それはそれでキモイですけどね」
「確かにキモイわね」
「どっちだよ! 俺どうしたらいいの!?」
などと、いつもの雰囲気で盛り上がっていると・・・・・・
「お待たせ~♪」
いつの間にか佐江が到着していた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
当夜と真弥は、佐江を見て息を飲んだ。いや、奏と朔夜、そして結までもが目を天に変えていた。(涼は相変わらず自分の世界の住人だ)
佐江は、抜群のプロポーション・・・・・・いや、完璧なまでのプロポーションを放っていた。スラリと伸びた長い足、引き締まったウエスト、大人の女性を感じさせる腰のくびれ・・・・・・普段はミリタリーを基調とした制服に身を包んでいるため気付かなかったのだ。