メギドの丘 二章
第二章 束の間の休息を変わりゆく世界の中で
1
超常現象対策室。そこでは今日も作戦会議が行われていた。今後の方針、一般人への対処、精霊、悪魔との戦闘法など、対策室の面々は日々頭を悩ませていた。
まず、何よりも問題なのが、全てが国家機密ということだ。精霊、悪魔と戦闘した際の被害も全て改竄しなければならない。一般人は、精霊、悪魔の存在はおろか、第六感の能力を持った人間がいること自体しらないのだ。
例えば、先の巨人との戦闘は原子力発電所の核爆発など無理矢理にでも被害を何かにこじつけなくてはならない。
今のところ、日本での被害は夜中に集中しているのが幸いだが、これが日中の街中だったら一大事になる。
「あぁ! めんどくせぇ。こんなん話してても埒あねぇだろ」
会議の進行が滞り、沈黙続く中、涼が不満を全面的に押し出した。
「そうですよ。当夜さんの思考能力でも、百パーセントの解決策を見いだせないんですから、わたし達が思いつくなんて無理だと思います。ね、当夜さん?」
そこですかさず、朔夜が頬を膨れ上がらせながら涼に同意した。
「え? あ、そうだなぁ。これといって名案的なのはねぇかな。今は、白昼堂々あいつらが来ないことを祈るしかないな」
当夜は、朔夜の振りに素直に答えた。
「当夜が思いつかないんなら、俺らなんか無理無理! 絶対無理!」
「あんたになんか最初から期待してないわよ」
真弥の言葉に奏が冷徹に突っ込みを入れた。
そこからは、いつものように二人の口論が始まる。口論というより、これが二人のコミュニケーションなのかもしれない。
「二人とも、うるさい」
今まで寡黙を保っていた結が二人を一言で鎮める。
「結ちゃんの言う通りよ。そして、今は、どんなことでもいいから意見を出し合うしかないわね。国家機関といって、この組織は機密だから、いろんな制約が敷かれて大変なのよね。今のところは、気象庁、警察、消防に根回し、というのが一番有効かもしれないわね」
佐江が落ち着いた口調で話の方向を元に戻した。佐江は、この超常現象対策室の司令官兼医務長である。佐江の第六感の能力は主に治癒関係なのだ。『細胞の活性化』という表現が正しいだろう。傷口の細胞を思うように活性化させ、治癒の速度を上昇させているのだ。しかし、佐江の能力を駆使しても治せない怪我だってある。その例が、奏の腕だ。奏の腕のように、そのもの自体を失ってしまったら、佐江にも治癒が出来ないのだ。
「とりあえず、被害が広がる前に叩きのめすしかねぇか・・・・・・」
当夜が、深い溜息と共に言葉を吐き出した。
あれから、十日。当夜は対策室の空気に溶け込んでいた。奏との会話の次の日、当夜は思い切って全員に謝った。そして、正直な気持ちを全て話した。そしたら案外対策室の面々は気にしていた様子でもなく「最初は皆そんなもんだよ」的なことを言ったのだった。その後は、やはり後ろめたさが残っていて、気まずかったが、徐々に対策室の面々と打ち解けてゆき今に至るのだ。そして、今現在の当夜がいるのは全て奏のおかげだった。
「そうね・・・・・・。それじゃ今日の定例会議は終了します。各自、訓練に励むなり勉学に励むなりしなさい。あと、緊急時には、すぐに対策室に来ること。以上。解散」
佐江がそう言ったその時、佐江のデスクに備え付けてある、電話が鳴った。
一瞬で全員に緊張感が走った。
「もしもし、対策室、宝条です。・・・・・・・・・・・・えっ? ・・・・・・はい。・・・・・・・・・・・・分かりました。はい。失礼します」
対策室にいる佐江以外の全員が佐江を見つめる。
対して佐江は、何か考え込むような表情をしていた。
佐江が重々しく口を開いた。
「ヴェネチアで大規模な環境汚染が発生したわ。対策室バチカン支部、ヴェネチア市民の死者も多数出たみたいね。・・・・・・精霊が現れたのよ」
『水の都』と呼ばれ、世界遺産に認定されているヴェネチアで大規模な環境汚染・・・・・・それが意味することは、街が死んだということだ。
その事実に全員が戦慄した。
「今は、バチカン総本部で対応しているわ。でもバチカン総本部は、戦闘に次ぐ戦闘で死者も発生していることから士気が低下しているみたいね。そこで、東日本支部の上層部から命令が出たわ」
ごくっ、と当夜を含めた全員が生唾を飲み込み、佐江の言葉を待った。
正直、みんな大規模な汚染が発生したヴェネチアに行くのは気乗りしなかったのだ。
「これより一週間の・・・・・・休暇を言い渡す。 らしいわよ」
佐江が、言葉を言いきると同時にウインクを放った。しかし、全員が佐江のウインクに反応出来ずに、ぽかん、とした表情で佐江を見つめていた。
「ただし、緊急招集もあり得るから各自気を抜かず、とのことです」
そして、未だに開いた口がふさがらない状態の当夜たちに佐江はとどめの言葉を放った。
「みんなで沖縄に行きましょ。もちろんわたしのおごりで」
その気前のいい言葉を聞きついに真弥が押さえきれない感情を全面に出した。
「休暇! 海! うおおおおおおお!」
真弥の言葉に皆が続く。
「わたし、沖縄って行ったことない! 水着買わないと! 楽しみだね、当夜くん。でも・・・・・・いやらしこと考えてる?」
「え? 考えてねぇよ! ・・・・・・一瞬だけしか・・・・・・」
「もぉー。いやらしいです。当夜さん、そんな人だったんですかー?」
「ち、違う! 男の性ってやつだよ! なぁ真弥、涼!」
「水着最高! 当夜は正しいです!」
「俺に振るなよ、めんどくせぇ」
「海、行きたい」
佐江はそんな風景を満足そうに眺めていた。
「みんな、二日後の朝八時に空港のロビーに集合よ」
当夜は、気分転換には最高の機会だと思った。
何しろここ最近様々のことがおきすぎていた。
そして、全員で声を合わせ返事をした。
「はい!」
返事をしたら、皆が口々に「水着買わなきゃ」「計画立てないと」と話しながら部屋を出ていく。当夜は、その流れの最後に加わり部屋を出ようとした。そこで。
「当夜くん、ちょっと」
佐江が当夜のことを呼びとめた。
「なんですか?」
当夜は、急に呼び止められ、きょとんとした表情で振り向いた。
「慣れないことばかりで疲れているだろうから、今回の旅行でゆっくり休みましょうね」
佐江は、なんだかんだ当夜のことを考えてくれているみたいだった。そんな些細なことでさへ、当夜は嬉しかった。
自分にはまだ居場所がある。この幸せを噛みしめ、当夜は微笑みながら返事をした。
「はい」
そんな当夜に、佐江は満足そうな表情を浮かべ、大きく頷いた。
「よし! 行ってよし! そんじゃ、当日遅れないようにね」
当夜は、みんなが待つ元へと駆け足で向かった。
後ろの方で「夏・海・男! これはチャンスだわ」と言った声が聞こえたような気がしたが、気にしないことにした。
けど、やっぱり思わず声をあげて笑ってしまった。
二日後、朝七時半。空港のロビーの一角には、男女六人の姿があった。
「ついにこの日が来たなぁ。俺、昨日楽しみすぎて寝れなかったわ」
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超常現象対策室。そこでは今日も作戦会議が行われていた。今後の方針、一般人への対処、精霊、悪魔との戦闘法など、対策室の面々は日々頭を悩ませていた。
まず、何よりも問題なのが、全てが国家機密ということだ。精霊、悪魔と戦闘した際の被害も全て改竄しなければならない。一般人は、精霊、悪魔の存在はおろか、第六感の能力を持った人間がいること自体しらないのだ。
例えば、先の巨人との戦闘は原子力発電所の核爆発など無理矢理にでも被害を何かにこじつけなくてはならない。
今のところ、日本での被害は夜中に集中しているのが幸いだが、これが日中の街中だったら一大事になる。
「あぁ! めんどくせぇ。こんなん話してても埒あねぇだろ」
会議の進行が滞り、沈黙続く中、涼が不満を全面的に押し出した。
「そうですよ。当夜さんの思考能力でも、百パーセントの解決策を見いだせないんですから、わたし達が思いつくなんて無理だと思います。ね、当夜さん?」
そこですかさず、朔夜が頬を膨れ上がらせながら涼に同意した。
「え? あ、そうだなぁ。これといって名案的なのはねぇかな。今は、白昼堂々あいつらが来ないことを祈るしかないな」
当夜は、朔夜の振りに素直に答えた。
「当夜が思いつかないんなら、俺らなんか無理無理! 絶対無理!」
「あんたになんか最初から期待してないわよ」
真弥の言葉に奏が冷徹に突っ込みを入れた。
そこからは、いつものように二人の口論が始まる。口論というより、これが二人のコミュニケーションなのかもしれない。
「二人とも、うるさい」
今まで寡黙を保っていた結が二人を一言で鎮める。
「結ちゃんの言う通りよ。そして、今は、どんなことでもいいから意見を出し合うしかないわね。国家機関といって、この組織は機密だから、いろんな制約が敷かれて大変なのよね。今のところは、気象庁、警察、消防に根回し、というのが一番有効かもしれないわね」
佐江が落ち着いた口調で話の方向を元に戻した。佐江は、この超常現象対策室の司令官兼医務長である。佐江の第六感の能力は主に治癒関係なのだ。『細胞の活性化』という表現が正しいだろう。傷口の細胞を思うように活性化させ、治癒の速度を上昇させているのだ。しかし、佐江の能力を駆使しても治せない怪我だってある。その例が、奏の腕だ。奏の腕のように、そのもの自体を失ってしまったら、佐江にも治癒が出来ないのだ。
「とりあえず、被害が広がる前に叩きのめすしかねぇか・・・・・・」
当夜が、深い溜息と共に言葉を吐き出した。
あれから、十日。当夜は対策室の空気に溶け込んでいた。奏との会話の次の日、当夜は思い切って全員に謝った。そして、正直な気持ちを全て話した。そしたら案外対策室の面々は気にしていた様子でもなく「最初は皆そんなもんだよ」的なことを言ったのだった。その後は、やはり後ろめたさが残っていて、気まずかったが、徐々に対策室の面々と打ち解けてゆき今に至るのだ。そして、今現在の当夜がいるのは全て奏のおかげだった。
「そうね・・・・・・。それじゃ今日の定例会議は終了します。各自、訓練に励むなり勉学に励むなりしなさい。あと、緊急時には、すぐに対策室に来ること。以上。解散」
佐江がそう言ったその時、佐江のデスクに備え付けてある、電話が鳴った。
一瞬で全員に緊張感が走った。
「もしもし、対策室、宝条です。・・・・・・・・・・・・えっ? ・・・・・・はい。・・・・・・・・・・・・分かりました。はい。失礼します」
対策室にいる佐江以外の全員が佐江を見つめる。
対して佐江は、何か考え込むような表情をしていた。
佐江が重々しく口を開いた。
「ヴェネチアで大規模な環境汚染が発生したわ。対策室バチカン支部、ヴェネチア市民の死者も多数出たみたいね。・・・・・・精霊が現れたのよ」
『水の都』と呼ばれ、世界遺産に認定されているヴェネチアで大規模な環境汚染・・・・・・それが意味することは、街が死んだということだ。
その事実に全員が戦慄した。
「今は、バチカン総本部で対応しているわ。でもバチカン総本部は、戦闘に次ぐ戦闘で死者も発生していることから士気が低下しているみたいね。そこで、東日本支部の上層部から命令が出たわ」
ごくっ、と当夜を含めた全員が生唾を飲み込み、佐江の言葉を待った。
正直、みんな大規模な汚染が発生したヴェネチアに行くのは気乗りしなかったのだ。
「これより一週間の・・・・・・休暇を言い渡す。 らしいわよ」
佐江が、言葉を言いきると同時にウインクを放った。しかし、全員が佐江のウインクに反応出来ずに、ぽかん、とした表情で佐江を見つめていた。
「ただし、緊急招集もあり得るから各自気を抜かず、とのことです」
そして、未だに開いた口がふさがらない状態の当夜たちに佐江はとどめの言葉を放った。
「みんなで沖縄に行きましょ。もちろんわたしのおごりで」
その気前のいい言葉を聞きついに真弥が押さえきれない感情を全面に出した。
「休暇! 海! うおおおおおおお!」
真弥の言葉に皆が続く。
「わたし、沖縄って行ったことない! 水着買わないと! 楽しみだね、当夜くん。でも・・・・・・いやらしこと考えてる?」
「え? 考えてねぇよ! ・・・・・・一瞬だけしか・・・・・・」
「もぉー。いやらしいです。当夜さん、そんな人だったんですかー?」
「ち、違う! 男の性ってやつだよ! なぁ真弥、涼!」
「水着最高! 当夜は正しいです!」
「俺に振るなよ、めんどくせぇ」
「海、行きたい」
佐江はそんな風景を満足そうに眺めていた。
「みんな、二日後の朝八時に空港のロビーに集合よ」
当夜は、気分転換には最高の機会だと思った。
何しろここ最近様々のことがおきすぎていた。
そして、全員で声を合わせ返事をした。
「はい!」
返事をしたら、皆が口々に「水着買わなきゃ」「計画立てないと」と話しながら部屋を出ていく。当夜は、その流れの最後に加わり部屋を出ようとした。そこで。
「当夜くん、ちょっと」
佐江が当夜のことを呼びとめた。
「なんですか?」
当夜は、急に呼び止められ、きょとんとした表情で振り向いた。
「慣れないことばかりで疲れているだろうから、今回の旅行でゆっくり休みましょうね」
佐江は、なんだかんだ当夜のことを考えてくれているみたいだった。そんな些細なことでさへ、当夜は嬉しかった。
自分にはまだ居場所がある。この幸せを噛みしめ、当夜は微笑みながら返事をした。
「はい」
そんな当夜に、佐江は満足そうな表情を浮かべ、大きく頷いた。
「よし! 行ってよし! そんじゃ、当日遅れないようにね」
当夜は、みんなが待つ元へと駆け足で向かった。
後ろの方で「夏・海・男! これはチャンスだわ」と言った声が聞こえたような気がしたが、気にしないことにした。
けど、やっぱり思わず声をあげて笑ってしまった。
二日後、朝七時半。空港のロビーの一角には、男女六人の姿があった。
「ついにこの日が来たなぁ。俺、昨日楽しみすぎて寝れなかったわ」