メギドの丘 一章
「違う軸・・・・・・?」
そこで、モニターの正方形を囲むように円形の線が加わる。
「『死』よ。死という名の軸を足すことによって四次元は完成するの。そしてこの四次元は今この場にもあるのよ」
「要するに死後の世界ってことですか? でも今この場にあるって・・・・・・死後の世界がこの世界にもあるってことですか?」
それはいくらなんでもないだろう、と当夜は笑いたくなった。
しかし、佐江の表情はいたって真剣な表情を崩してない。だとしたら、大がかりな嫌がらせか、真実か。しかし、今までのことを考えると前者の可能性は限りなくゼロに近い。いや・・・・・・真実なのだろう。だとしたら、この状況は生まれやしない。
そんな当夜の心が佐江には手にとるように分かっているかのように、佐江は話を続ける。
「いきなりこんなこと言っても信じられないのは当たり前よね。でもね、本当のことなの。信じて頂戴。私たちが四次元を認識が出来ていないだけでここに存在しているのよ。生きている者は『死』っていう軸を認識することが出来ないから」
「・・・・・・分かりました。・・・・信じます」
「ありがと。この世界には三次元と四次元が重なり合ってるのは分かってくれたわね。んじゃこの次元の間は何次元になる?」
モニターに表示されていた正方形が消え、地球に変わる。そして映し出された地球を囲むように円が映し出され、その間に×印が浮かび上がる。佐江はここのことを言っているのだ。
「普通に・・・・・・三、五次元?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。何が言いたいのかって、あの巨人はこの次元の狭間から来ているのよ」
次にモニターに映し出されたのは未だ鮮明に脳裏に浮かび上がる巨人。
当夜は、舌打ちをし、モニターの巨人を睨みつけた。
サブモニターには炎を纏う蜥蜴、巨大な蝙蝠のようなものなど当夜が見たことのないものが映し出された。
多分、奏たちが今まで戦ってきた奴らだろう、と思った。
そこで、当夜は気づく。
「・・・・・・でもさっきの佐江さんの話じゃ、違う次元を認識できないから見えないんじゃ・・・・?」
「第六感。科学的には解明されていない超感覚。この超感覚の異常発達で認識することが出来るの。そして、奏ちゃん達が使用していた能力もこの異常発達した第六感のおかげよ」
第六感。それなら当夜にも聞いたことがある。視覚、聴覚、などと言った人間が持ってる基本的な五感。それとは別に一般常識では存在しないとされる感覚だ。
そこまで考えて、ふと当夜は気づく。いや、気付いてしまったのだ。気づいてしまったことを後悔するくらいに。
「待ってください! それだと俺にもその第六感の異常発達が・・・・・・」
「起きてしまったのよ」
佐江のこの言葉が当夜に対しての、決定的な一言となった。
「どうして・・・・・・どうして俺なんですか!」
「ごめんなさい。そこまでは分からないわ」
「・・・・・・ッ! 俺も、あいつらと戦わなくちゃいけないんですか・・・・?」
「ええ・・・・・・そうなるわ。第六感が異常発達したら必ず、ね。国で決められているの」
「・・・・・・ッ! ・・・・・・あいつらは何なんですか・・・・・・?」
当夜は、爪が皮膚に突き刺さるくらいの力で手を握った。
「今、サブモニターに映し出されているのは『悪魔』。メインモニターの巨人は『精霊』と呼ばれているわ。彼らがここに来る理由は私たちも分からない。国家でさえ分かっていないのよ。けど、私たちが戦わないと世界が滅びる。だから、私たちは覚悟を持ってこれからも彼らと戦わなくちゃいけない・・・・・・戦わなくてはならないの。世界の為に・・・・・・何より、私たち自身の為に・・・・。 だからお願い・・・・分かってちょうだい」
佐江の言葉に当夜は、喉をぐっと鳴らし言葉に詰まった。
みんな、覚悟を持って戦っている。みんなは別に戦いたくて戦っているわけではないのだろう。みんな、ある日突然、『第六感』に目覚め、この戦争に巻き込まれたのだ。自分たちが戦わなければ世界が滅びる。自分たちが負ければ世界が滅びる。このプレッシャーに耐えながら日々戦っているのだ・・・・・・。
当夜は自分だけ逃げるのが嫌だった。
昔からそういう性格なのだ。
「みんな同じ気持ちなんですか・・・・?」
「ええ・・・・。みんな自分の願いの為に戦っているの。『生きる』っていうね」
当夜はそこで深い深呼吸を一回だけし、心を落ちつかせ、冷静に佐江の言葉を頭で繰り返し、自分の気持ちを確かめ、告げた。
「分かりました。けど、まだ全てを受け入れたわけではありません。ただこのまま逃げたくはない。それだけです」
「ありがと」
今まで真剣な表情を一瞬たりとも崩さなかった佐江が当夜の言葉を聞き表情を始めて緩めた。
と、そこで当夜は頭に何かが引っ掛かった。何か重要なことを忘れている気がする。思い出そうとしても、まるで脳が拒絶しているみたいに記憶を掘り起こすことが出来ない。
――クソっ、思い出せ、何だ、何なんだ。
ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!
当夜の脳内に一筋の閃光が迸った。
「街は! 街はどうなったんですか!?」
当夜の最後の記憶は、炎で焼けゆく街。地割れで崩れゆく街。溶岩で溶けゆく街だった。今までこの重要なことを忘れていた自分に当夜は憎悪すら感じた。佐江から言われた現実を多少なりとも受け入れ、自分なりにどうにかしようと思った矢先にこれだ。
当夜の一言でこの部屋にいる全員の身体が一瞬にして手品のタネがばれた手品師のように、氷ついたのに当夜は気づいた。それに気付いた当夜には答えが分かったようなものだ。それでも当夜は一片たりとも返ってくるであろう、最悪の結果を受け入れたくはなかった。
「知らない方が賢明よ」
なかなか答えようとしない佐江に変わり、歯を食いしばり、俯き加減で奏が答えた。当夜の顔を見ることが出来ないそんな様子だった。
「そんなん、答えを教えてるようなもんじゃねぇか! クソ! そうだ・・・・・・家は・・・・家族はどうなったんだ・・・・・・?」
言葉が進むにつれて当夜の表情が虚ろ気に変化していく。
しかし、その問いに対して誰も答えやしない。答えないのではなく、返す言葉を探していると言った雰囲気だ。
「嘘・・・・・・だろ・・・・? ・・・・・・連れてけよ! 家に連れてけよ!」
当夜は叫んだ。心の奥底から叫んだ。現実を受け入れたくないが為に叫んだ。
そこで、視界の端に長い黒髪の女の子を捉え、また一つ思い出した。
人間は、何か一つ思い出すと連鎖的に色んなことを思い出すものだ。
「なあ、結! お前、原子レベルで分解、再構築とか言われてたよなぁ!? それで家まで連れてってくれよ!」
当夜は言葉の勢いに身を委ね、襲いかかる雄牛の如く、結に詰め寄った。
「・・・・・・」
しかし、結は無言を貫き、視線を佐江の方へと向けた。
「・・・・・・いいわ。けど、あなたにとっては辛い現実が待っているだけよ」
「・・・・・・お願いします」
「ただし、私も一緒に向かうわ。結、お願い」
「分かった」