メギドの丘 一章
やがて巨人が纏っていた炎が全て長剣へと収束された。
全ての炎が収束された長剣は、まさに太陽の剣だった。
長剣は前にも増して格段と輝きを増し、色は少し赤みが増した琥珀色となっていた。
巨人がその長剣を、天を衝くように掲げ、深淵を貫くかのように地面に突き刺した。
最初に街を襲ったのは、大地を裂く地割れ。あまりの衝撃に直下型地震のように街が崩れる。
次に街を襲ったのは、吹きあがる灼熱の炎。灼熱の熱さで街が焼ける。
最後に街を襲ったのは、あらゆる物質が融点を超えたことを証明する溶岩。灼熱の連鎖で街が溶けゆく。
街が死ぬ。
全てが溶岩で飲み込まれ、全てが炎に焼き払われ、地割れで街が崩れる。
当夜は、街が死にゆく中で自らの死を覚悟した。
死ぬ間際に見るスローモーションの世界。しかし、今回ばかりはいつもと違く、意識が遠のいていき視界が白く霞んでいく。
瞼が無意識に閉じていこうとする。必死に瞼を開こうとするが瞼は一向に開いてくれようとしない。しかし、頭は冴えわたっているという矛盾が当夜を襲う。
まるで自分ではないみたいに・・・・
ふいに視界が反転。漆黒の世界へ色を変える。
当夜は漆黒の世界で目を覚ました。
当夜は辺りを見渡すが、永遠と暗闇が続いているだけで他には何もない。当夜は、ふと自分が地面に立っていないのに気がついた。
そのことを意識すると、身体が宙に浮いて漂っているような感覚が襲ってきた。
ここには重力がないというのが一番正しい表現だと当夜は思った。
「ここは・・・・・・?」
当夜は、一人で呟きながら、死後の世界という考えが頭をよぎった。
「そういえば俺・・・・・・」
当夜の言葉を区切るように、ふいに漆黒の世界には一人の人間が現れた。
その人間もまた漆黒。
瞳だけが真紅に輝き、この漆黒の世界で魅惑的な光を放っていた。
漆黒の人間が当夜に諭す。
「目覚めよ。世界の理を開く鍵よ」
その一言で当夜の中で何かがはじけて消えた。
当夜は灼熱の世界で、真紅に染まった瞳を開き覚醒した。
「熱エネルギー、運動エネルギーを全て停止、変換、凝縮。」
当夜は機械的に呟き、手のひらを地面に無造作に突き出した。
その直後、街を蝕む炎が消え、街を溶かす溶岩が消え、街を崩壊させゆく地割れが停止する。
すると、当夜の手のひらに一つの恒星のようなエネルギーの塊が生成されていた。
「きみ・・・・・・・・・・・・何が起き・・・・・・たの?」
奏を始めとする面々が驚愕の目を向け、当夜に口々に疑問の念を呟く。
しかし、奏たちはここに存在しないかのように見向きもせず、当夜は奏たちの問いには答えず、巨人へと真紅の瞳を向ける。
纏う炎の消えた巨人の元へ、当夜は走り出す。
当夜の、踏み込みの衝撃で地盤が陥没する。
巨人までの十数メートルの距離を時間にしてコンマ数秒で駆け抜ける。
あまりの速さに、当夜の身体は知覚出来ず一本の線となる。
人の目の時間分解能は秒速五十~百メートル程度である。要するに当夜の走る速度は、秒速百メートルを軽く超えているのだ。
当夜は恒星のような物を巨人に向ける。
「恒星を超新星爆発。自己重力を極限に圧縮。因果関係を持ちえない領域を生成」
言葉が終わると同時に恒星が輝き出す。
「結! 対策室に戻るわよ!」
奏が何かを感じ取り必死の面持ちで叫ぶ。
「わかった」
結の言葉と共に四人の姿が消える。
次の瞬間。
恒星が爆発。恒星の一生を終える爆発が空気を震わし、重力収縮によって核に降り積もる物質は激しく跳ね返されて衝撃波が発生し、街を消しさる。
次に、自己重力の圧縮により地盤沈下を引き起こす。
極限まで重力が圧縮され、ひとつの高密度天体が完成された。
全てを無に帰す、不可視のブラックホールが生成されたのだ。
ブラックホールという高密度天体が降着円盤を形成し巨人を飲み込み始める。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
巨人が咆哮を上げ抵抗するが意味をなさない。
ブラックホールの中心、特異点へと吸い込まれ、永遠の重力崩壊の餌食となる。
「領域を消滅」
当夜の言葉と共にブラックホールは一瞬輝き、飛散するように消えた。
当夜は両膝を地面につけ、前のめりに倒れていった。
漆黒の世界が当夜を包んだ。
2
「う・・・・・・」
当夜はズキズキと痛む頭を押さえながら、目を覚ました。
視界の左端に点滴装置が映り、当夜は自分の左手に留置針が刺さっているのに気がついた。
同時に左胸に『No.12』と書かれた患者服を着せられ、ベッドに仰向けに寝ているのにも気がついた。
「ここは・・・・・・?」
当夜は身体にうまく力が入らないため、重々しく、ゆっくりと身を起こした。
部屋は白を基調としていて、ベッドの他に小さなテレビが置いてあるだけで、とても簡素な印象を抱かせた。
「・・・・・・・・・・・・病室?」
そう、この部屋は一般的な病室に酷似しているのだ。
当夜はなぜ自分が病室にいるのかまだあまり冴えない脳で必死に記憶を手繰り寄せる。
まもなくして、朧げに映像が浮かび上がってきた。
輝く巨大な剣を持つ巨人。
ミリタリージャケットを着た、不思議な能力を使う四人の男女。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「俺は、何に巻き込まれたんだ・・・・・・?」
当夜は突如となく全身が総毛立ち、不安な気持ちが身体にまとわりつく。そして、その不安が焦りを引き起こし当夜のことを駆り立てる。
「家に・・・帰らないと」
当夜は、腕に刺さっていた留置針を右手で一気に引き抜く。丁寧に抜いたわけではないから、左手に一瞬痛みを感じたが今の当夜には痛みとして認識が出来ていない。
留置針を抜き、身体にかかっていた布団を蹴飛ばし、飛ぶようにベッドから降り、着地と同時に全力で駆けだした。ドアに手をかける直前に、患者服を着ているのが頭をよぎったが、そんなことは気にしていられない。
ドアに手をかけ、一気に開いた。
目の前に現れたのは、驚愕の表情を浮かべた女の子。
驚愕の表情を一転、無表情となる。
女の子は左足を軸に、右足を上げながら遠心力をつけて右に回転した。
遠心力を利用し、右足を当夜の鳩尾へ向かって振り上げた。
無論、当夜にはこの遠心力で加速した蹴りをかわすことはできず、必然的に鳩尾にクリーンヒットした。
「ぐぼあ!」
当夜は、鈍器で殴られた衝撃を受け、見事真後ろに『く』の字で宙を舞った。
「ああっごめん! 大丈夫!?」
女の子が口を覆いながら当夜のもとへ駆け寄った。
「な・・んな・・んだよ・・・・・・げほぉっっっ! うっっ・・・・・・!」
当夜は、胃液が逆流してくるのを必死に抑えたが、喉まで上がってきて酸性が痛覚を刺激し表情を曇らせた。
「ほんっっとに、ごめん! びっくりすると反射的に出ちゃうのよ」
「んな・・・・・・無茶苦茶・・・・・・だろ・・・・・・。って・・あの時の・・・・・・?」
「うん、そうよ。わたしは四百刈奏。君は?」
「俺は・・・・・・げほぉっ! ・・・・神谷当夜・・・・・・」