メギドの丘 一章
涼は、眉をひそめ眉間にしわを寄せながら苦悶の面持ちで呟く。
なかなか動きだそうとしない巨人を睨みつけつつ奏でが叫ぶ。
「真弥、電子励起爆薬を使うわよ!」
「え!? マジかよっ!?」
奏の電子励起爆薬の言葉に反応し、真弥は驚愕の表情を浮かべる。
「大マジよ! 高圧水素持ってきたんでしょ!?」
「持ってきたけど、大丈夫か?」
「大丈夫だと思うわ。実戦投入の準備は出来てるわけだし」
「でも周りへの被害が・・・・・・」
「このままの方が、被害が広がるわよ! 結は、爆薬を原子レベルに分解して巨人の体内で再構築。涼くんは、電子の励起状態の維持、エネルギーの飛散の抑制を頼むわ」
「「了解」」
「よし。それじゃ準備を始めるわよ」
奏は、そう言い会話をまとめた。
会話が終わると、当夜は聞きなれない言葉に声を上げた。
「電子励起爆薬・・・・・・って何?」
当夜の疑問に奏では、一拍置きすらすらと答え始める。
「電子励起爆薬はね、簡単に言えば、ちょっとした核兵器並みの爆弾ね。水素は、高い圧力下の中で数千度という状態で金属化するの。この過程を水素が励起状態、所謂、電子が基底状態ではないときに行うと出来る爆薬。寿命は百万分の一秒っていう短い時間なんだけど、涼くんの電子を操れる能力で維持しているわ」
当夜は、奏の説明の大半を理解することが出来なかったが、一つだけ頭にひっかかる言葉があった。
「核兵器並みって街が吹き飛ぶじゃないか」
この言葉を聞き奏は、少し優しさを含んだ表情で答える。
「大丈夫よ。この爆薬は単指向性の爆薬。エネルギーは横に広がらず重力軸に広がるわ。爆発範囲は直径で約二十メートル。この爆薬を結の能力で原子レベルに分解、巨人の体内で再構築。巨人の熱を利用し、巨人を起点に爆発させるわ。だから大丈夫。安心して」
「安心してって言われても、そんな意味分かんないこと言われて安心出来るわけないだろ!」
当夜は、当然の如く信じることが出来ない。一般人の当夜には、ある一種の夢物語に
しか思えないのだ。能力とやらは自らの肉眼で見たから、完全ではないがある程度なら信じられる。しかし、それとこれとは話が別だ。核兵器と言われたら必然的に第二次世界大戦時の広島原爆投下のことしか頭をよぎらない。当夜は、実際に体験はしていないが、授業で習い、テレビ番組を見て、核兵器の恐ろしさは十分に理解しているのだ。
「ぐだぐだやってねぇで始めんぞ。巨人が動き始めっからよぉ」
そんな当夜の気持とは裏腹に、涼が流れを断ち切る。
「ええ、そうね。始めましょう。真弥、高圧水素を結に渡して」
「はいよ。結、お願いな」
真弥が腰から出した渋めの銀色に染まったカプセル状の物を結が受け取る。
「任せて。行ってくる」
突如、結の姿が霞み始めた。結の至る部分が欠落していくように半透明と化していく。これが奏の言っていた原子レベルの分解なのであろう。当夜はこの不可解極まりない現象をまじまじと見つめる。
当夜が見つめる中、その後、約五秒程度で完全に結の姿が消えた。
・・・・・・一秒
・・・・・・二秒
・・・・・・三秒
刻一刻と時間が流れる。まるで当夜の心臓と時の流れが同調しているみたいに。
奏でたちには、結を待っているこの時間が永遠にも似た時の流れになっているのであろう。当夜にだって時間の流れが遅く感じるのだ。奏でたちは尚更だろう。
当夜は、横目で奏でのことを見たが、やはり奏では神妙な面持ちで、右手に握りこぶしを作っている。
急に奏での瞳が大きく開かれる。本能に従い、当夜は奏での視線上に瞳を動かす。
目の前で今度はさっきの逆の過程が行われていた。
結が、電子励起爆弾とやらを巨人の体内に再構築する作業を終え戻ってきたのだ。
「伏せて」
完全に姿が完成されていな状態の結が簡潔に言った瞬間。
かつて当夜が聞こといたことのない轟音と共に、宵闇に包まれた夜が逆転した。閃光のように空間が真っ白になり当夜の視力を一瞬で奪う。
轟音に一瞬遅れて台風の数倍の風速を誇る爆風が当夜たちを襲う。体重約六十キロの当夜の身体が爆風によって真後ろにゴミ屑のように吹き飛ばされる。
爆風に吹き飛ばされること数瞬。
当夜は背中に、コンクリートに叩きつけられたような凄まじい衝撃を受けた。
背中に衝撃を受けたことによって横隔膜の機能が低下し呼吸困難に陥った。そして、凄まじい痛みと共に氷に直接触れているような冷たさが同時に神経を刺激した。
奏の作った氷の壁だと理解するのに時間はかからなかった。むしろ、あの一瞬でよく作ったなと感心した。
前方からは、凄まじい熱気を誇る熱気を含む爆風が当夜を襲い、後方からは氷点下の冷気が当夜を守る。
よく考えてみると、奏は能力を使いながらこの爆風に耐えているのだ。
爆風の猛威が止んだ。
爆風のせいで足は宙に浮いたまま氷の壁に押さえつけられていた身体が自由落下を始め、惨めな形で地面に叩きつけられる。
「どう・・・・な・・・・・・ったん・・・・・・だ」
爆音が聴力を奪い去り、呼吸困難は続いているが視力だけが徐々に回復してきた。
当夜はうつぶせに這いつくばりながら顔をあげる。
爆風と氷に叩きつけられた衝撃の後遺症で全身の骨が悲鳴をあげていたが、当夜は痛みを堪え、巨人の方へと目を凝らす。
そこにいたのは。
――炎を統べる巨人
「生き・・・・て・・・・・・る」
巨人の纏う炎の量が今までの比ではない。
纏う範囲は半径十メートル程。炎が燃え盛る高さは五十メートルはあるのだろうか・・・
当夜には全く予想がつかなかった。
「まさか・・・・・・爆発の熱エネルギーを全て自分の熱エネルギーに変換したというの・・?」
当夜のすぐ隣で同じように苦しむ奏が、魂を抜かれた様に呟く。
残りの三人も驚愕と絶望に蝕まれた表情を浮かべている。
当夜も似たような心境だった。奏での説明では威力は核兵器並み、ということだった。核兵器の威力は、当夜の記憶では半径二キロが壊滅、二キロから四キロが半壊。四キロ以降も放射能などの被害を受けるというものだった。
いかに、実戦用に改良してあろうとも、それに匹敵する威力を耐え抜く生物がこの世に存在するだろうか。
答えは『否』だ。
どんな生物だろうと体内で核兵器並みの爆弾を爆発されて生き残れるものなどいない。
いや、『生き残る』『生き残らない』の問題ではないのだ。
普通であれば跡形もなくこの世から消し去られてしまう。
それこそ原子レベルで分解されてしまうだろう。この巨人は、この世の生物ではない。当夜は改めて実感したのだ。
うつむき加減で、だらぁっと両手を下げていた巨人が、何かに目覚めたかのように勢いよく顔をあげた。
広範囲に渡って纏っていた炎が渦を巻きながら巨人が持つ長剣に収束していく。
この炎の収束は決して凄まじい速さで行われているわけではない。むしろ逆で、ゆっくりと時間をかけ長剣に向かって収束していく。
しかし、当夜をはじめとする五人は指先をピクリと動かすことすら叶わなかった。
当夜の心を取り巻くは絶対的恐怖。
奏をはじめとする四人を取り巻くは絶対的絶望。
五人は炎の収束を本当の意味で見ていることしかできなかったのだ。