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君に追いつきたい

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 父親の発言に、奈央がピョンピョンと跳ねるように座席を揺らしながら喜びを表す。良一は遠慮したが、奈央の父親はそれを聞き入れず、車を近くのコンビニに入れた。
 駐車されるやいなや、奈央はドアを開けて車の外へ出る。良一は迷ったが、ここは親切に甘んじるべきだと判断し、ドアに手を伸ばした。
「あっ」
 突然、奈央の父親が声を発した。開けっ放しの窓から聞こえたのだろう。コンビニの入口へ向かっていた奈央が振り向く。
「どうしたの、お父さん」
「ごめん、ちょっとグラウンドに忘れ物をしたみたいだ」
「えー」父親の言葉に、奈央はあからさまな非難の声をあげる。「取りに帰るの?」
「そうだな。すぐ帰ってくるから、これでアイスを買っておいてくれ。もちろん、二人分だぞ」
「二人分って? 朝日く……」
 父親から小銭を受け取った奈央はまだ会話を続けようとしていたが、何故かそれを遮るように彼は窓を閉めた。
 ドアに手をかけようとして止まっていた良一は、どうすればいいのか分からなかったが、そのまま車が動き出したことで、ついていくべきなのだと判断した。
「では行こうか、良一君」
 困惑する良一を後部座席に残したまま、車はコンビニを出て、グラウンドへ戻りだした。
「あの、水野さん……。一人にしていいんですか?」
「奈央のことかい? あの子なら大丈夫だよ。少しの時間なら問題ない。それと私のことはフミヨシでいい。名字だとややこしいからね」
「はあ……」納得できたような、できなかったような。良一は続ける。「でも、どうして僕まで……」
「君と話がしたかったんだよ。忘れ物というのもウソ」
「え?」
 良一が頓狂な声を発したと同時に、水野フミヨシは車を路肩に停めた。どうやら本当に、忘れ物をしたというのは嘘であるらしい。
「どうだった、今日の練習は」
「……楽しかったです」
「それだけかい?」
 優しく問いかけてくるフミヨシに対して、良一の「意地」は無意味なものだった。一度込み上げてきたらもう止まらない。奈央がこの場にいないことも相まって、彼はポロポロと涙を流した。
 フミヨシはそれを見ても呆れたりせず、ただ良一の思いを黙って聞き続けてくれていた。良一も今度は遠慮することなく、気が済むまで愚痴をこぼした。
「すみません。こんなこと話してしまって」フミヨシから受け取ったティッシュで鼻をかみ、少し落ち着いた良一は頭を下げた。
「いや、いいんだよ。二回目だからね」
「二回目?」
「もう三年くらい前になるかな。奈央が野球を始めたときも、似たようなことを毎回のように聞かされていたんだ」
「あれだけ上手いのに……」
「今が上手いかはともかく、初めから上手い子なんていないさ。奈央も例外ではなかったよ。でも、そんな奈央でも野球が好きで好きでたまらなかったんだ。良一君はどうだい?」
 フミヨシの問いに、良一は自分の胸へ手を当てて考えた。自分は野球を好きなのだろうか。こんなに辛いのだから、嫌いなのではないか。しかし、すぐにかぶりを振る。嫌いだから辛いのではなく、好きなのに上手くできないから辛いのだということに、彼は気がついたのだ。
 目に残った涙を拭い、彼は力強く言い放つ。
「僕も、野球が大好きです!」
「その言葉が聞けてよかったよ。否定されたらどうしようかと思ってたんだ」フミヨシはホッとしたように笑う。「じゃあ、何をすればいいかは分かるね?」
「練習……です」
 簡単に言ってくれるなと、良一は心の中で毒づいた。今のままでは、全体練習のレベルについていけず、とても上達できるとは思えない。打球を避け、ただ立っているだけで上手くなれたら、誰も苦労しない。
「そうだ。奈央も頑張って練習したよ」そして彼はつけ加えた。「私と一緒にね」
「フミヨシさんと……?」
「ああ。毎晩公園でね。君も私と一緒に練習しないか。家に帰るのが数十分遅れるだけだから、ウチの家族にも怪しまれない。もう二十年前になるが、私も甲子園に出たことがあるんだ。控えメンバーだったけどね」
「でも……」
「奈央のことなら心配しなくていい。あの子はもう、自分だけで練習をしている。たから、少し寂しいんだよ。むしろ私から君にお願いしたい」
 そこまで言われて断る理由はどこにもなかった。フミヨシが最後につけ加えた言葉は、良一がそのまま返したいそれと同じだ。彼は大きく頷くと、フミヨシに頼んだ。
 フミヨシはそれを聞くと、満足そうに笑い、車を発進させた。すぐにUターンし、奈央が待つコンビニへ戻る。コンビニの前では、両手にカップアイスを持った奈央が待っていた。袋は貰わなかったらしい。
「もう、遅いよ」車に乗り込んだ奈央が頬を膨らませる。
「ごめんごめん」
「何を忘れたの?」
 フミヨシは困った顔を見せた。しかし、車をコンビニから出しながら彼は笑って答えた。「男のロマンさ」
「何それ。朝日君、何だったの?」
 良一の分であるカップアイスを彼に差し出し、奈央が尋ねる。一瞬ルームミラー越しにフミヨシと目が合ったのを確認した良一は、苦笑いしながら口を開いた。
「男のロマンさ」
作品名:君に追いつきたい 作家名:スチール