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君に追いつきたい

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破章、挨拶、プレーの応酬


 甲高い金属音がグラウンドに響き、俺はネクストバッターズサークルから立ち上がった。二ボール〇ストライクでバスターから繰り出された打球は痛烈な勢いで、バント処理のために前へ出てきていた一塁手の横を抜けていった。おそらく一二塁間を破るだろう。無死二塁であったため、外野に打球が到達すればランナーはホームに向かうかもしれない。そうなれば、次打者である俺が、スライディングなどの指示を出さなければならない。
 二塁ランナーが三塁を蹴ろうとしていた。俺はもう一度打球の行方を確認する。そのとき一羽の鳥が、外野に抜けるはずだったボールを茶色いクチバシで捕まえた。二塁ランナーは三塁ベースを蹴ったところで慌てて止まった。
 その鳥はすぐさま体勢を整えると、ベースカバーに入った投手に送球した。間一髪ではあったが、一塁の塁審は右手を上げてアウトを宣告した。
 奈央だ……。彼女の動きは、三年前のそれよりも明らかに成長していた。もっとも、女性にとっての大事な部分はあまり成長していないようであったが。
 思わず口元を緩めながら俺は右打席に入る。一死三塁となり、結局はバントをしたのと同じようなケースになった。ここでベンチが俺に期待していることは、三塁ランナーをホームに迎え入れて先制点を取ることだ。投手は左投げのため、この場面ではボールに逆らわず、右方向へ打つのがセオリーとなる。しかし、それはあくまでセオリーであって、今回はどうやら使えそうにない。
 俺はチラリと奈央に視線をやる。すると、セカンドを守る彼女と目が合った。俺はすぐに視線を投手に戻した。
 セカンドはダメだ。例えセオリーに反していようとも、奈央がいないところに打つ方がヒットになる可能性は高いだろう。
 投手が初球を投じる。インコースのストレートだ。待ってやるつもりはない。俺は腰をクルリと回転させ、思いっきりボールを引っ張った。
 打球は三塁手の頭を越えて、レフトに引かれた白線のわずかに右へ落ちた。左翼手が回り込んで捕球したのを見て、俺は逆らうことなく二塁へ向かった。左翼手から、二塁手である奈央にボールが返ってくる。俺は走塁の勢いを落とすことなくベースにスライディングし、そのまま立ち上がった。奈央の茶色いグローブが俺に触れたのは、その後だった。
「……ナイスラン」返ってきたボールを手で揉みながら、奈央が小声で言った。
「あんなファインプレーで挨拶されて、こちらも返さないわけにはいかないよ」
「変わってないね、良一君」
「そっちこそ」
 ボールを投手に返して、奈央がベースから離れる。今は試合中だ。長話をしている暇はない。
 しかし、相手投手は牽制球を挟んできた。ベースに入ったのは、奈央だった。
「久しぶりだね。良一君は元気にしてた?」
「おかげさまで。奈央こそ、どうして関東に戻ってきたんだ?」
「……お父さんがね」
「おじさんが? どうかしたのか?」
 しかし、俺の問いに対する返事はなかった。奈央がボールを投手に返す。時間切れというわけだ。
 おじさんに何かあったのだろうか。彼女の言葉に若干動揺しながら、俺は再びリードをとった。奈央のおじさんとは、何度も会ったことがある。
 投手が投球フォームに移る。今度は牽制ではないようだ。その動きに合わせて、俺はシャッフルと呼ばれる動きで右にポンポンと跳ねた。
 三盗も狙えると思った。打者は四番だが、狙えるものを狙わない理由なんてなかった。監督からも、特に左打者の場合は積極的に走っていいというお墨付きをもらっている。また、それだけの実績も残していた。
 初球のストレートが低めに外れ、捕手から投手にボールが渡る。投手がセットポジションに入ったのを見て、俺はリードを広げた。投手が二回俺を見てから再び捕手に顔を向けたのを確認し、俺は右へ数歩跳ねた。この試合で既に四球ほど、ランナーを二塁に置いたときの投手を見たが、全てそのタイミングでホームに投げていたのだ。そして今回も、それは変わらなかった。
 投手の右足が上がるよりも早い段階から、俺は完全に体重を右にかけ、そして足が上がったとほぼ同時に三塁へスタートを切った。
 タイミングは完璧。おそらく三塁はセーフだろう。しかし、打者は何を思ったのかバットを振りだした。そして、金属音が俺の耳を襲う。
 打つなよ、と思わず口にしかけてやめた。打球がヒット性のライナーだったからだ。俺が走ったことに気がつかなかったのは問題だが、まあ結果オーライだ。三塁ベースを踏むとともに、俺は首を左に向けて打球を確認した。それは痛烈な勢いで二塁手の頭を越え……なかった。
 打球は、またもや茶色いクチバシに捕らえられた。遊撃手は外野に抜ける打球を「短く止める」からショート・ストップと呼ばれるが、彼女こそ「ショート・ストップ」と呼ばれるにふさわしいだろう。
 悠々と二塁ベースを踏んで俺をアウトにした奈央を見ながら、俺はつい笑ってしまった。
作品名:君に追いつきたい 作家名:スチール