君に追いつきたい
良一はかなりの屈辱を覚えた。奈央は通常の状況下であれほどのバッティングを見せたというのに、これではただの恥さらしだ。彼女はこの醜態を見て、どう思っているのだろうか。
やはりこんなところに来なければ良かった。打席になんて立たなければ良かった。帰りたい、と良一は心の底から思った。
しかし、前に来たからといって打てるわけではなかった。へっぴり腰は直ってきたものの、十球ほど投げてもらって、まだ一球もボールにバットが当たっていなかった。ツキヤマが投じるボールのスピードはだんだんと遅くなっていき、しまいには下投げになっていた。
「良一、だんだん良くなっているぞ。とりあえず、次でラストにしようか」
明らかなお世話とともに、高坂がラストボールを告げる。ツキヤマの表情が解放感に包まれたように見えた。
複雑な気持ちで、良一はバットを構えた。そのとき、奈央の高い声が耳に届いた。
「朝日君、ボールをよく見て!」
「ボールを、よく見る……?」
良一は思わず首を捻った。今までもボールはしっかりと見ていたはずだ。そんなことは、言われなくても分かっている。
ツキヤマが下手でボールを投じた。ラストだと分かったからか、そのペースは今までよりも明らかに早かった。
ずっとボールを見てやろう。極端なくらいやれば、誰も文句は言うまい。良一は必死にボールを見続け、そしてバットを振ってからもボールを見続けた。
「え?」
今までには味わうことなかった感覚が両手を襲った。良一が見続けたボールは彼が振り抜いたバットによって飛んでゆき、三塁手の頭を越えて、レフトに引かれた白線の僅かに右へ落ちた。
一瞬、グラウンドが静寂に包まれた。それを破ったのは、あの高い声だった。
「凄いよ! 朝日君、凄い!」
「ああ、ナイスバッティングだ。最後まで顔が逃げなかったのが良かったぞ」高坂も拍手しながら言う。
「僕が、打ったの……?」
未だ両手に残る感覚に身体を震わせながら、良一は彼らの賛辞を全身で聞いていた。