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君に追いつきたい

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 前進守備はせず、強い打球に備える。高く弾むゴロを打たれれば一点を取られるが、おそらく智之はそんなことを考えていない。自分がヒットを打てればいい、そんな感じだろう。まだ会って一週間であるが、それくらいの人間像は掴んでいた。
 はたして、痛烈なゴロが良一の正面へ向かってきた。
 腰を落とし、イレギュラーにだけ気をつけて体にボールをぶつける。左肩に衝撃。痛くないことはないが、気にするほどでもない。奈央の父、文義の教えが活きている。
「良一君!」
 目の前に落ちたボールを右手でつかむとすぐさま身体を捻り、声がした二塁ベースへ投げる。ベースに入っていた奈央が捕り、まずは一死。
 そして彼女が一塁へ送球する。間一髪ならおそらくセーフにされたのだろうが、今回ばかりはだれが見てもアウトのタイミングであった。ダブルプレーの成立だ。
 悔しがる智之が、ヘルメットを地面に投げつける。明らかにマナー違反だが、監督は何も言わない。
「あからさまだね」
「良一君、相当アピールしないとダメかもね」
 ため息をつく良一と、苦笑いを浮かべる奈央。元々覚悟はしていたが、現実はそれ以上に悲惨だった。同ポジションである以上、即戦力に良一と智之が二人とも選ばれることはないだろう。決して彼に劣るとは思わなかったが、「血縁」という大きな壁を越えるのは至難だ。
 五回裏の攻撃は三者凡退で終わり、六回表の守備では二死満塁のピンチを迎えた。奈央の好守により無失点で切り抜けたが、どうも分が悪い。大差はないのだろうが、それでも木岡監督によって組まれたチーム分けは、智之のいるAチームの方が強く感じてしまう。
「お前らだけだな。気を吐いているのは」
 ベンチに戻った拓人が呟く。良一は否定しようとしたが、その口が開くよりも先に拓人はベンチから出た。六回裏の攻撃で、彼は二人目の打者なのだ。
 一死無走者で拓人が打席に立つ。初球、彼が振りぬいたバットに捉えられた打球が左中間へ飛んだ。
 地面に落ちたボールを中堅手が回り込んで捕球する。しかし、既に拓人は二塁ベースに向かっていた。
 一死二塁で打席に立った七番打者がファーストゴロを打ち、二死三塁となる。良一は数回素振りをし、右打席に入った。
 この試合で初めて迎えたチャンスでの打席に心が躍る。さらに得点は同じ。終盤の勝ち越し点が勝利に近づくのは間違いない。
――打ちたい
 素直にそう思う。アピールするのには絶好の場面だ。次打者が奈央ということで、敬遠もないだろう。
 打撃は得意ではないが、ここで打てば奈央にもその姿を間近で見せることができる。打撃も守備も彼女には到底及ばないが、それでも、野球に誘ってくれたその恩にも応えたい。
 バットを持つ手に力を込め、そして抜く。余計な力はいらない。こうすることで、確実に楽な力で構えられる。
 チャンスの場面で甘いボールを待つつもりはなかった。ファーストストライクから迷わずバットを振り抜く。捉えた打球が相手投手の左下へ飛ぶ。グローブを右手にしている彼はそれを捕ることができない。
 タイムリーヒット。そう確信した良一は口元を緩めた。
 しかしそのとき、センター前へ抜けようとした打球を横っ飛びが遮った。智之だ。
 アウトになるわけにはいかない。智之が体勢を立て直して送球するも、良一の足が先にベースを踏んだ。智之の送球は、ベースから数メートルずれていた。
「ギリギリ……」
 送球がしっかり一塁手へ届いていれば、おそらくアウトにされていただろう。二死なので、良一がアウトになれば三塁ランナーの生還は認められないところであった。ダイビングキャッチをしたことで、やはり身体のバランスが保てなかったのかもしれない。
 続く奈央の打球は右中間を真っ二つに破った。良一は全力でホームまで走る。彼がベースを踏んだとき、ようやくボールが内野に戻ってきた。
 これで四対二。相手に残された攻撃があと一回ということを考えると、両チームにとって非常に重い一点となったはずだ。
「すごいな。あいつは絶対合格間違いなしだ」
「そうだね。実質二位以下を全員で争っているわけだ」
 ベンチで休む拓人と笑い合う。彼と良一も、この回だけでなく試合全体を通して活躍しているのだが、それとは比べものにならないほどの結果を奈央が残しているのだ。
 そしていつものように一番打者が凡退してチェンジとなる。しかしそれはもう構わない。二点あれば十分だ。
 拓人が先頭の二番打者から三振を奪うと、次の三番打者が打った三遊間への打球を奈央が好捕し、持ち味の強肩でアウトとする。これで二死無走者。そして、四番打者の智之を右打席に迎えた。
 初めて彼が立つ、チャンスでない打席。彼は打点を稼ぐためにホームランを狙ってくるだろうと良一は思った。客観的に見て、良一と智之の評価は現時点で互角のはず。この打席が勝負であることは、良一としてもよくわかっていた。
 初球のカーブを、智之は大きく空振る。良一の読み通り、彼が長打狙いであることは容易に見て取れた。
 続く二球目もほとんど同じボールだったが、智之のバットは再び空を切った。これで二ストライク。あと一球で試合終了だ。
 三球目、捕手が構えたのは高めのボールゾーンだった。今の智之なら手を出すだろう。拓人がストレートを投げ込む。良いコースだ。しかし智之のバットは動かなかった。
 変だ。良一は首を傾げた。いくら打ち気にはやっている今の智之といえども、必ず釣り球に手を出すとは限らないだろう。しかし全くバットが動かないとはどういうことか。少しくらいはバットが動くのが自然だ。
――バットを短く持ってる……
 追い込まれるまでは、確かにグリップエンドぎりぎりを握っていた。しかし今は、指が数本入るほどグリップを余らせている。それが意味することは一つだ。
 捕手は気づいていないのか、再びカーブのサインを出す。拓人も頷く。そして四球目が投じられた。
 “単打狙い”であった智之のバットがボールを捉える。打球は拓人の足元を襲い、二遊間へ飛んだ。先ほど智之がダイビングキャッチをしたのとほぼ同じコースだ。
 走るスピードを上げる。智之の握りに気づいていなかったら、一歩目が遅れ、間に合わなかったかもしれない。しかし良一は打球に対して回り込むと、飛びつくことなく体の正面で捕球した。
――ダイビングキャッチより、こっちの方が良い
 身体のバランスを崩すことなく一塁へ送球する。一塁手の胸にまっすぐ向かったボールは、智之の足よりも先にベースへ到達した。
 そして木岡監督のコールが静かに響く。
「アウト。ゲームセット」
 ホッとしたというのが、正直な気持ちだった。奈央が即戦力として上級生と練習するのは明らかであるため、どうしても彼女と一緒に合格したかったのだ。最後のプレーで良一の合格も確定しただろう。智之がどうなるかは分からないが、関係ない。
 ホームベースを挟んで整列・礼をし、試合が終わる。そのまま一年生は木岡監督の周りに集合した。智之からは、試合前までの元気が感じられなくなっている。
 監督は選手たちを労い、そして合格者が二人であることを告げた。奈央と良一を除く全員が、その顔に落胆の色を浮かべる。それは智之も例外ではない。
作品名:君に追いつきたい 作家名:スチール