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君に追いつきたい

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決着、ワクワク、二人が合格


 四つ目のボール球を見送り、七番打者が一塁へ歩く。二回裏、一死一塁となり、八番打者である朝日良一は一打席目を迎えた。初回は二死一二塁のチャンスを作ったものの得点を奪えなかった。未だ一点ビハインドだ。
 この試合はサインなどを特に決めていない。作戦は選手個々の判断である。右打席に入った良一は、迷うことなくバントの構えをした。
「おいおい、マジかよ」
 相手の捕手が呟く。各選手が監督へアピールしたいこの試合、無死二塁でもバントを嫌がる選手がいるであろうこの状況で、一死一塁からバントの構えをされたのだから無理もない。
 左投げの相手投手が投じた初球は外角のボール球だった。送りバントとは違う何か別の作戦を警戒してのものだろう。だが良一は、普通にボールを見送るタイミングでバットを引いていた。
 良一としては、変に小細工をするつもりは毛頭なかった。ただこのケースは送りバントでランナーを進めることが最善の作戦であると考えたにすぎない。
 二球目はストライクゾーンに投げてきた。外角のスピードボールだ。一死で八番打者ということで、一塁手と三塁手の無理なダッシュもない。彼は落ち着いて一塁側へボールを転がした。ファルコンズで、バントは徹底的に練習した。ライン際に転がすのはさほど難しくなかった。
 一塁は余裕のタイミングでアウトとなったが、それでもランナーは二塁へ進み、良一の目的は達成された。
「ワンナウトから送りバントで女子に託すって、お前もなかなかに酷いな」打球を処理した一塁手の代わりに一塁ベースへ入った木岡智之が言う。「自信ないならやめちまえよ」
「まずは同点、でしょ」
 智之の方を見ずに答えると、良一はさっさとベンチへ戻った。
「ナイスバント」
「ありがとう」
 ヘルメットを棚に戻した良一は、先発投手の土谷拓人から声をかけられた。六番打者である彼は、この回の先頭打者としてレフトフライに打ち取られている。
「それにしても、迷いがなかったな」
「何の?」
「バントだよ。打ちたくはなかったのか?」
「ああ、そのこと」水を一口飲み、良一は続ける。「この打順は慣れているからね。小学生のときも、この場面ならバントが多かったよ」
「少年野球のときも八番だったのか。どうりでバントが上手いはず……お、良い当たりだな」
 金属音に目を向けると、打球は一塁線を襲っていた。ファウルの判定が、木岡監督より出される。
「いや、八番じゃないよ。奈央の前ってのが一緒なんだ。打順としては上位だった」
「そうなのか。ということは……お前が一番であいつが二番だったということか」
 なぜか勝手に納得している拓人の言葉に良一はゆっくりと首を振る。
「違うよ。僕は二番打者だった」
「二番ってお前……。次打者はあの女だったんだろ? まさか……」
 その直後、再び金属音が鳴り響いた。打球は二塁手である智之の頭上を越えて、右中間に落ちた。
「うん。奈央はウチのチームの三番打者だったんだ」
 二塁ランナーがホームへ還ってくる。打った奈央は、二塁ベースに到達していた。
 結局一番打者が三振に倒れたため攻撃は終了した。良一は奈央のグローブ――当然ミズノ製だ――を持ってベンチを出る。
 ヘルメットをAチームの野手に渡した奈央へ、今度は良一がグローブを渡す。試合をスピーディーに進行するためにも、こういった助け合いは大事となる。奈央はわざわざベンチへ戻らずとも、守備に就くことができた。
「ナイスバッティング」
「ナイスバント」
 一言ずつ声を掛け合い、お互い守備位置に就く。油断は禁物だ。まずは同点としたが、再び勝ち越されないとも限らない。
 そしてその心配通り、一死二三塁というピンチで四番の智之を迎えた。
 先ほどのタイムリーヒットを踏まえて考えると、智之の打力は認めなければならない。敬遠をしない以上、内野ゴロや外野フライで点を取られたとしても、アウトカウントを増やすことが必要となる。
 智之の打球はレフトへ飛んだ。フライとなったそれは結果として相手に一点を与えることとなったが、チームとして覚悟していたものなので気にならない。
 続くピンチをしのぐと、拓人は四回表を三者凡退に抑え、そして四回裏の攻撃を迎えた。
 六番・七番打者と打ち取られ、打席には良一。二死無走者ということで、今度は打つしかない。初級を捉えた打球は、三遊間を破っていった。
 一塁ベースをオーバーランして先の塁を狙う姿勢を見せるが、さすがにそれは無理だった。二死一塁で、「三番打者」を迎える。
 チャンスを広げるためには最高のバッターだ。ランナーをスコアリングポジションに進めて一番打者となれば、再び試合を振り出しに戻すことも狙える。しかし奈央はそう思っていないようだった。
 彼女が提案してきたのは、良一が打席に立つ前だった。
「二人で一点取ろうよ」
 そう笑顔で言う奈央に反論できるはずもなく、良一は頷いてしまった。
 彼女は今も二人で一点を取るつもりでいるのだろう。それならば、自分がすべきことは決まっている。
 相手は左投手だが、だからといって走らないわけにはいかない。投手の右足が内側に入った瞬間、良一は二塁ベースに向けて走り出した。
 智之が二塁ベースに向かう。だが、それが目的だ。奈央が捉えた打球は元々智之がいた場所へ飛ぶ。当然っ彼はそれを捕ることができず、打球は一二塁間を抜けていった。
 それでは終わらない。二塁に到達した良一はスピードを緩めることなく三塁ベースへ向かった。三塁ランナーコーチ――メンバーが九人しかいないので、バッテリーを除いてもっとも遠い打順の者が務めている――の指示を見て、良一はベースへ滑り込む。しかし三塁手へ送られたボールはその頭上を大きく越えていった。
「行け! 朝日!」
 ランナーコーチの声を聞いて、良一は急いで本塁へ向けて走り出そうとする。しかし、その必要はなかった。
 ボールデッド。ボールがグラウンドの外へ出たため、無条件でランナーは一つ先の塁へ進塁することが認められたのだ。良一は小走りでホームベースを踏んだ。
「朝日、ナイスラン!」
 ベンチへ戻った良一を歓声が出迎える。相手のエラーによるものだが、それでも奈央と二人で一点取ったことには変わりがない。
 一番打者が凡退した後、良一はまた彼女のグローブを持ってベンチから出た。
「やったね。良一君」
「まさかあいつが暴投するとはね」暴投したのは、右翼手からの送球を中継した智之だ。
「そう? 私は絶対何かやらかしてくれると思ってたよ」
「どうしてさ」
「女の勘」そう言って彼女は笑う。「なんてね。さっき、ちょっとイジワルしちゃった」
 彼女が言うには、二回裏に二塁打を放ったとき、智之に対して「守備は大したことない」と煽ったそうだ。智之が力任せに投げて暴投したことには、おそらくそれが影響しているのだろう。
 だが、彼のバッティングは確かに良い。直後の五回表、今度は一死一三塁で智之の打席を迎えた。
――ホント、ついてるな
 チャンスでのアピールは、当然ながらポイントが高い。ここまでの全打席でランナーをスコアリングポジションに置いている智之の状況は、彼にとって――そしておそらく木岡監督にとっても――おあつらえ向きだった。
作品名:君に追いつきたい 作家名:スチール