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君に追いつきたい

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 見学をしてちょうど一週間後、良一はユニフォームを着てグラウンドに立っていた。監督によって告げられたテストのためだ。
 参加者は十八人。二日前のアンケートで良一らがポジションと野球歴を答えたところ、見事に各ポジション二人ずつということが分かったため、テストは急遽試合形式で行われることとなった。
「良かったね、同じBチームで。まさかこんなに早く良一君とまた二遊間を組めるなんて思ってなかったよ」
「でも、どうして奈央がラストバッターなのさ。三番とかの方が良いのに」
「監督が決めたことだからね。良一君が八番ってのも、もったいないと思うよ」
 奈央にそう言われて、少し嬉しくなった。確かに、女子とチビをいきなり上位打線に置くことはしないだろう。力を証明したければ、この試合で結果を残せばいいのだ。
「よう。お前もセカンドなんだな」
 後ろから声が聞こえたので振り向くと、そこには相変わらずニヤニヤと気味の悪い
笑みを浮かべている智之がいた。
「お前“も”?」
「ああ。俺もAチームのセカンドだからな。両チームのスターティングメンバーは発表されただろ。見てないのかよ」
「そうなんだ」
 メンバーが発表された際、良一が気にしていたのは自分と奈央の名前だけだ。正直、智之のことなど興味がなかった。
「残念だったな。まあ、チームの足を引っ張らないように頑張れよ」
 それだけ言い残すと、智之は笑いながら自分たちのベンチへと戻っていった。
「ホント、何しに来たのって感じだよね」
「奈央もあいつが苦手なんだね」
「大っ嫌い。監督の甥っ子だからって、調子のりすぎ。良一君、負けないでよね」
「まあ、頑張るよ」
 苦笑いしながら答える。智之の余裕は、おそらく実力もあってのことだろう。それに監督の親せきという立場を組み合わせれば、かなり手ごわい相手となる。無論、だからといって負けるつもりは毛頭ない。
 ウォーミングアップを済ませ――良一のキャッチボール相手は奈央だ――ると、早速試合が始まった。良一らBチームは後攻のため、彼は奈央とともに守備位置へ向かう。奈央も言っていたが、こんなに早く二人で二遊間を守ることができるとは、良一も全く予想していなかった。
 Bチームの先発投手である土屋拓人は、投球練習からなかなか力のありそうなボールを投げていた。それでも、Aチームの一番打者はそれをセンター前へはじき返す。ちょうど良一と奈央の間を抜かれる形となった。
 その後、送りバントで一死二塁。ピンチでクリーンナップを迎えることとなったが、続く三番打者の打球はフラフラっと力なく上がった。
 奈央が落下地点に入る。危なげなく打球を捕り、これで二死となった。
「いよいよか……」
 打席へ向かう智之を見て、良一はつぶやく。再三自信があることを口にしていた彼のことなのだから、もちろん下手ではないのだろうが、その能力は未知数だ。
 初球、インコースに投じられたボールに対し、智之のバットが反応した。
 芯で捉えられた打球が、三塁手の頭を越えて左翼手の横に転がっていく。二死ということで迷わずスタートを切っていた二塁ランナーは、すでに三塁ベースに到達していた。
「二つ!」
 捕手から指示の声が飛ぶ。二塁へ送球しろということだ。それは同時に、本塁への生還阻止は諦めるということでもある。
 左翼手からの送球を奈央が中継し、そこから二塁ベースに入っている良一へボールが送られた。すぐにグローブを下ろす。間一髪、スライディングしてきた智之の足とベースの間にグローブが入った。
「セーフ!」
「え?」
 すべての塁の判定を担当している主審の木岡監督から発せられた言葉が、良一には信じられなかった。確かにギリギリのタイミングだったが、それでも間違いなくアウトのはずだった。
「な、なかなか上手い中継プレーだったな。まあ、少しだけタッチが甘かったからセーフだけど」
「ちゃんとタッチしたよ」
「おいおい、審判のジャッジにケチつける気か?」
 智之の言い草に良一は腹が立ったが、それでも言い返せなかった。野球において、審判の判定は絶対だ。
 良一はボールを持ったままマウンドへ向かう。終わったことは仕方がない。今は追加点を取られないように力を尽くすべきだ。
「ごめん。今のはアウトにできた」
「気にするなよ。打たれた俺が悪い」
 そう言って拓人は苦笑いする。良い人だと、良一は思った。
 ボールを拓人のグローブに入れた良一は、そのまま再び口を開いた。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
良一は一つの作戦を提案した。それを聞いた拓人は眉をひそめた。
「そんなこと、できるのか?」
「大丈夫。僕と奈央を信じてよ」
「……わかった」
 拓人の返事を聞き、良一は守備位置へ戻る。そのときに奈央の方を見ると、彼女もこちらを見て頷いた。良一の提案に察しがついているのだろう。今ここで奈央に話しかければ、智之に怪しまれるかもしれない。彼女が気づいてくれていることを良一は信じた。
 初球、拓人はボール球を投げた。これは作戦の内なので問題ない。勝負は次だ。
 拓人がセットポジションに入ってから三秒後、良一はスッと二塁ベースに入った。拓人もそれと同時に二塁へボールを投げる。いわゆる牽制球だ。
 慌てて帰塁する智之の足に、ボールを捕ったグローブを下ろす。しかし今回は、足のほうが先にベースへ到達した。当然、木岡監督のコールは「セーフ」だった。
「さっき何か話していたと思ったら、牽制の打ち合わせか?」
「まあね」言いながら、良一はボールを拓人に投げ返す。「アウトにしたかったから」
「残念だったな。牽制なんかではアウトにならねえよ」
 そう言って笑う智之は、良一がベースを離れていくと同時に再びリードをとる。先ほどよりも大きくしているようだ。彼なりの挑発のつもりなのだろうか。良一は、智之に見られないようグローブで覆いながら口元を緩めた。
「ア、アウト」
 そして、木岡監督の声がグラウンドに響いた。
 振り向くと、ベースから離れた位置で呆然と立っている智之の姿があった。その横にいる奈央が、ボールをマウンドへ投げ返す。つまり智之は牽制球でアウトになったのだ。ベースに戻ることなくタッチされれば、さすがにアウトを宣告せざるを得ない。良一らは意気揚々とベンチへ戻っていった。
 一度目の牽制がセーフとなった際、遊撃手である奈央は二塁ベースの後ろにいた。これは、万が一投手からのボールが逸れたときのためのカバーリングであるから、不自然なことではない。だが、そこからが違った。
 本来ならばそのまま守備位置へ戻るはずの奈央だが、戻らずベースに入った。そのタイミングで拓人がすぐに再び牽制球を投げたため、智之はベースに戻る間もなくタッチアウトとなったのだ。良一に対して色々と挑発めいたことを言っていたことも、彼の警戒心を薄めることとなったのだろう。
「やったね、良一君」
「奈央も、うまいこと入ってくれたね」
作品名:君に追いつきたい 作家名:スチール