千の夜 一の夢
昔々、フルハというとても優れた国があり、そこには魔術師と呼ばれる一人の男がいた。彼は何でも造ることができ、造れないものがなかった。多くの人が多額のお金を持って、望むものを造ってくれと頼んだが、彼はがんとして首を縦には振らなかった。
フルハの魔術師には大切な一人娘がいた。
狡猾なとある国の王は、彼の娘を人質にし、この世を終わらせるものを造れと命じた。
娘を捕られたフルハの魔術師は命令どおりこの世を終わらせるもの――巨人を造った。
巨人はギギギギギと音をたてて、ゆっくりと立ち上がった。
山のように大きい巨人は炎を吐きながら前進する。まずは、王が滅ぼしたい都を焼き尽くした。王は大喜びした。これで、この世界は私のものだと。
しかし、巨人は止まらなかった。炎を吐きながら歩き続ける。その先には彼の国があった。
止めろとフルハの魔術師に命ずるが、彼は初めから止まるようには造っていないとこたえた。王はどうにかしろと命じたが、それを造るのには、金がいるといった。いくらでも渡すから、早く造れと叫んだが、フルハの魔術師はのらりくらりとして一向に作業を進める気配がない。
やがて、巨人は王の国をも燃やし、それでもなお、止まることを知らず、重い足を引きずって歩き続けた。
ようやく、巨人の膝が折れ、ずしゃんと地に倒れた時には大陸のほとんどが炎に焼き尽くされていた。
おとぎ話は悪いことをした者は、必ず己も滅ぶと教えている。
歴史を振り返っても、悪政が長く続いた時代はない。子どもの頃からこの話を聞かせるのは効果的だといえる。
ただ、おとぎ話で疑問に思うところがある。何故、巨人なのだろうか。
山のように大きな巨人を遥か昔の人が造れたとは思えない。そのような技術があれば、とうの昔に、海を渡り、ウィンランド王国は攻め入られていただろうに。
不思議なことに、大陸では巨人の吐いた炎の跡が残っている場所があるそうだ。それはただおとぎ話と結び付けただけで実際は関係がないだろうが……。
アデルはチャーリーが営む古美術商の前へとやってきた。普通の店よりも地味な感じがするのは、古美術を扱っているからだろうか。
主がいないからだろう。ドアはかたく閉ざされている。
「今日はお休みだよ。お城に呼ばれたとかでね」
声を掛けられたアデルは振り返ると、そこにはやや太り気味の中年女性がいた。ちょうど買い物帰りなのだろう。紙袋から長いねぎが飛び出している。
「あんたも、彼の噂を聞きつけてやってきたのかね?」
ニマニマ嫌らしい笑みを浮かべた。そんなことないですとアデルはこたえたが、照れなくてもいいよとうんうんと頷きながら肩を叩かれた。
どうやら彼女はアデルを美形目当てにやってきた女の子と思いたいらしい。
「店主はとてもハンサムな方でね。淡い金の髪と不思議な蒼い瞳がそれはとても綺麗でね。月から来たんじゃないかってこの辺りの女たちはいっているよ。この世のものとは思えないそれは美しい人でね」
「そうなのですか」
チャーリーの賛美を適当に頷いて、話を合わし、情報を聞き出そうとする。
「半年ほど前にやってきたんだよ。取り扱っているのはちょっと庶民には買えないものが置いているんだけど、彼に会いたくて無理をして大金はたいてる女たちが何人かいるようだね」
おしゃべりな中年女性は、こちらから尋ねなくても次々と話し出してくれてありがたかった。
あれだけの美貌の青年なのだ。少しでも近づきたいなら、商品を買うだろう。
彼が女性からあるだけの金を巻き上げようとしているのか、まだわからないが、母妃はその一人になっているのには間違いない。
美男子とお世辞に弱い母妃なのだ。甘い言葉でささやかれたら、国庫に手を出すかもしれない。
おしゃべりなおばさんの話を聞いていると、ますますチャーリーがこの国に何らかのことを企てているとしか考えられなくなった。
ヤツは、この国に災いをもたらさんがためにやってきた美しい死神だわ!
適当に愛想よく頷き、頭の中では様々なことを考えていると、時を告げる鐘が鳴った。これで失礼致しますとにこやかに切り出すと、アデルは急いで城へと戻ることにした。
「ただいま戻りました」
六時までに戻ってきたアデルにブラッドはホッと息をついた。城内へ入るとマーニャは急いで近くの空き室へとアデルを連れて行き、そこで用意していた姫用の服に着替えさせた。
アデルは自分のひどいくせ毛と格闘しているマーニャに頼んでいたことを尋ねた。
「マーニャ、お母様の明日以降の予定は調べておいてくれた?」
アデルの髪型を美しく結い上げたマーニャはふぅっと息をついた。髪を整えた人は皆、ぐったりする。仕事で一番当たりたくないのがアデルの髪型を結い上げることらしい。
アデルは用意してくれたティーを優雅に飲む。マーニャは額に溢れた汗を拭き取りながら、言いにくそうに告げた。
「はい。明日、十一時に古美術商のチャーリと会うそうです」
アデルは飲んでいたティーカップを派手に落とした。