千の夜 一の夢
アデルには彼がこの国に災いをもたらさんがためにやってきた、美しい死神のように見えた。
「アデル!」
母妃は不躾な娘をキッと睨みつけた。だが、母妃は娘の表情を見て、彼女もまた自分が彼と会った時のように感じていると思った。
青年は席を立ち、アデルの前まで歩み寄る。
「お初目にかかります。私、古美術商のチャーリーと申します」
チャーリーと名乗った青年は優雅にお辞儀をした。
あの日彼もそんな風にお辞儀をしていたと、アデルは初めてノエルと出会った時のことを思い出していた。
アデルは懐かしさに胸が詰まり、思わず涙が零れ落ちそうになるのを堪えた。
「……アデルよ」
アデルは一呼吸して、動揺しているのを悟られぬように、極めて平常な振りをして告げた。
「お母様に用事があるから、少しいいかしら」
アデルは母の腕を引っ張って隣の部屋まで連れて行った。
「アデル! あなたって子は……」
母妃がアデルに注意する前に尋ねた。
「彼は誰?」
些細な心の動きさえも見破ってしまいそうな鋭い目つきに母妃はたじろいだ。
「紹介があったでしょう? 古美術商のチャーリーよ」
アデルが聞きたいのはそんなことではない。
他人の空似にしては余りにも似すぎている。何かあるに違いないとアデルはにらんでいる。
「ノエル王子そっくりじゃない」
「あなた、本当によく覚えているのね。私もそう思ったのよ」
母妃はノエル王子を思い出し、ふぅっと深い息をついた。
完璧な容姿がふとした時に愁いをおびていた。
彼はもしかすると、自分の運命を予期していたのではないかと今なら思う。
力を失いつつあっていても、古い王国の第二王子たる者が、新興国の十歳も年下の王女の婿になど通常では考えられないのだ。
王は何といって、この縁談をまとめたのだろうか。
妃は考えなかった。夫の政治的な面を見ようとはしなかった。知ってしまえばきっと耐えられない。
「彼は最近評判になっている古美術商でね、それは素敵なものをたくさん取り扱っているのよ」
「最近、お母様が購入されたのは、そのネックレスね」
アデルは胸元に輝く大きな赤い石を埋め込んだネックレスをちらりと見た。
「そうなのよ。素敵でしょう。チャーリーに似合うっていわれて、ついつい買ってしまったのよ」
「お母様は浪費して、国家を傾けるというわけですね」
「そんなにたくさん買っていません!」
母妃は弁明したが、前科があるだけにそうそう簡単に信用はできない。
「お母様、これ以上チャーリーとやらから物を買わないで下さい。あの男は危険な香りがします」
「あら、わたくしにはチャーリーからとても心地よい香りしかしませんわよ」
初めて恋をした乙女のようにうっとりとした表情で告げる母妃に、アデルは頭が痛くなってきた。
残念なことに、お母様はあの毒花にやられてしまっている……。
「とにかく! わたくしは、彼の城への立入を許しませんから!」
アデルはびしりといい放つと肩を怒らせて歩いていった。
母妃は私は認めますからねとアデルに聞こえないよう小さな声で呟いた。