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千の夜 一の夢

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「若かったとはいえ、愚かな間違いをしたとは思わないか? カノンのように早々と背にある秘法を教え、保護してもらえば、側近を殺されずに済んだと思わないか?」
「ノエル王子は背にある秘法を、決して知られたくなかっただけよ」
「知られたくなければ、もっと違う方法があっただろう」

 それは、自ら命を絶つ選択をさしているのだろうか。
 父王は時々冷酷な人となり、恐ろしいことを告げる。父王には人命よりも重いものが存在している。それは国を背負うものの宿命かもしれないが、いずれ弟のアベルも父王のようにならざるを得ないなら、国などなくなってしまえばいいと思う。

「ノエル王子は皆の犠牲の上にある命を容易く終わらせることなんてできなかったのよ」
「年若いお前たちは、感傷的な物の考えしかできないのだな。死んでいった者が何を考えていたのか、お前にはわかるのか? 誰にもわからん。わかるはずなどない。結局は生きている者の都合のいいように解釈されるのだ。この世を動かしているのは死者ではない。生きている私たちだからな」

 アデルは何もいい返せなかった。ここであきらめたらきっと後悔する。だが、何をいっても父王の心を揺さぶることはできない気がした。
 情けないのか悔しいのかわからない。涙をこらえすぎたせいで喉元がひどくひりひりする。

「わたくしは、ノエル王子が守りたいものを守りたいの」

 物事はすでに動き始めている。カノンが身を守るために秘法を明かした時点で、古の巨人は永い眠りから放たれたのだ。
 巨人は再び動き始め、大陸を炎で焼き尽くす。今度はどこを真紅の炎で染め上げるのか。

 むせび泣きするアデルを可哀想に思ったのだろうか、父王は溜息を一つついた。

「よかろう。最後のわがままを聞いてやろう」

 娘に甘い父親の顔がそこにあった。


 アデルの部屋には多くの侍女がめまぐるしく動いていた。
 急に王と共にスベニア国へ行くこととなり準備に忙しい。
 アデルはウィンランド王女として相応しい服を念入りに選んでいた。
 野暮ったい服を選んでしまえば自国が笑われるはめとなる。かといって、派手にしすぎると無理をしていると冷笑されるだろう。
 アデルはあるだけのドレスをひっぱりだして、腕を組んで考えた。
 母妃の貴金属好きは知られているだろうから、高価なものをつけていくと、浪費癖のある母娘だと思われるかもしれない。

 無難なものを選ぶのって大変ね。

 アデルはふぅっと溜息を漏らすと、いつの間にか部屋にアベルが入ってきていた。
 彼はじとーっと不服そうな表情を浮かべてアデルを見る。

「どうしたのよ。わたくしは忙しいから後にしてくれる?」
「なんで、なんで、姉上だけ、スベニア国に行けるのですか! 僕だって行きたいのに!」

 アベルは涙目になって、ブツブツいっている。こういう状態に陥った弟は、いつまでもぐずぐずと根に持つ。
 アデルは弟の両肩に手をポンと置いた。

「アベル。あんたには大切な仕事があるのよ。皆、外国へ行ってしまえば、よからぬことを考える者が現れて、のっとるかもしれない。そんな危険な状態にならないように、あんたがこの国を守るのよ」

 アベルの瞳がキラキラ輝きだした。
 気弱で自信がない子には、存在意義を教えてやればいい。

「まずは、お母様に無駄遣いをさせないこと。これができたら、お父様はきっと喜ばれるわ。流石は次代王だと」

 適当に言葉を選んで告げていると、アベルは国に居残るのが重大な任務だと思い始めたようだ。

「はいいぃぃ! 姉上! 必ずや守ってみせます!」

 すっかり防戦上の一兵士のようだ。アベルは、背筋を伸ばして元気よく叫んだ。

 本当、単純で扱いやすい子だわ。

作品名:千の夜 一の夢 作家名:加味恋