千の夜 一の夢
美男子と高価なものに弱い王妃をまず動かし、夢中にさせ、国庫にまで手を突ける勢いで買いそうになる母妃を止めに来るアデルと引き合わせる。
その計画は見事に成功した。
しかも、アデルが待ち続けている十年目のシンシアの花が咲く頃にあわせて。
「わたくしは、わたくしたちは、お父様の手の平で踊らされていたのね?」
アデルは苦笑した。稀代の王と呼ばれるだけのことはある。妻も娘の性格を利用したのだ。
「陛下は、あなたがここに居続けるのをよしとは思われていない。優れたあなたがここに居続けられたら、必ず、あなたを担ぎだし、継承争いがはじまります。それを陛下は望んでいらっしゃらない」
チャーリーはアデルを説得させようと真摯な態度で話しかけるが、アデルは両耳をふせぎ、聞き分けの悪い小さな子のように首を横に振り続け、認めようとはしない。
現実を受け入れないアデルの両肩をチャーリーは抱いた。強い力にアデルははっと我にかえる。
美しい灰色がかった碧い瞳には、消え入ってしまいそうな弱々しい自分がいた。
「あなたが男であればと陛下は何度思われたことか。あなたの身を案じてのお考えなのです」
父の親心はわかる。だけど――。認めたくない。
わたくしのことを本当に考えているのなら、どうして、放っておいてくれないの?
たった一つの大切な夢が叶わないなら、ノエル王子を一生想って尼になる覚悟もあるのよ。
「アデル」
チャーリーは優しく名を呼んだ。目の前には初めて出会った頃の優しい笑顔のノエルがいた。
今宵の月に似た淡い金色の髪。灰色がかった碧い瞳。シンシアの花のように白い肌に、艶やかな薄紅色の唇。
待ち続けていた人は今ここにいる。手を伸ばせば触れるほど近くにいる。
アデルがそっと手を伸ばし、顔に触れようとした時、唇が動き、残酷な一言を告げた。
「ノエルは死んだのです」
「あなたは」
ノエル王子なのでしょうといい終える前に、チャーリーがいいえとかぶりを振った。
「私はチャーリーです。ノエル王子は絞首刑になり、骨は埋葬されず、大樹の側に今尚放置されています」
「ノエル!」
アデルは叫んだ。ノエルであった頃の自分を、暗く深い海の底へと沈めたチャーリーにはアデルの声は届かなかった。
「私はチャーリです。お間違えのないように」
チャーリーは静かに立ち去っていった。彼の後姿がぼやけたのは決して涙のせいではないとアデルは思った。