連載 たけこさん (終)
5話 乗馬に挑戦
「いちにぃ、いちにぃ、いちにぃ、山谷さんその調子です! 立って座って、立って座って、……、……」
天高く馬肥ゆる秋は、スポーツの秋でもある。
新聞の折り込み広告を見ていた岳子は【5級ライセンス 3日間で取得】という乗馬クラブの広告に目を留めた。
料金表を見る。・・・・・高い!
子供のころから乗馬にあこがれていた岳子。一度は自分で乗りたかった。
というのは、引き馬には何度か乗ったことがあるからである。太腿やお尻から伝わる馬の体温に、ほんわかとした安らぎを感じたものだ。馬に揺られる心地よさもある。
もう一度料金表を睨んだ。
今日は最終日で、間もなく実技試験が行われる。その前の調整をしているのだ。生徒は4人で女性はひとり、しかも最年長者である。
「立って座って、立って座って、……、……」
馬は前に前に頭を出し、左右に揺れるお尻に合わせて尻尾が振られ、軽やかに足をあげて進んでいく。
初日、馬に馬具をつけて厩舎から引き出し、馬場まで引き連れて歩いた。もうそれだけでも嬉しかった。
岳子の身長に合わせて体高の低い鹿毛の『ジェイド』という名の馬があてがわれた。鼻梁をなで、首をポンポンとたたいて「ジェイド、よろしくね」と挨拶をした。
鐙に片足を乗せて馬に跨るには足がちと短いようで、踏み台を利用して鐙に乗り跨った。インストラクターは吹き出しそうになりながらも堪えて、乗るのを手伝った。
馬に跨ったまま準備運動をした。からだをひねり、上体を思いきりそらし、肩をまわし。
右へ・左への曲がり方、止まり方を教わって、いよいよ常足の練習に入った。
「なみあしー、始め!」
というインストラクターの号令で馬は歩きだしたが、すぐに止まってしまう。教えられたとおり、踵でわき腹を蹴って歩かそうとしても、蹴り方が甘くて、ジェイドは鼻面を地面につけたままでいた。岳子の後ろに3人と3頭が動けずにいた。
直径10メートルほどの小さな馬場である。
インストラクターが頬革をそれとなく引っ張って動かしてくれた。
1日2時間の練習で、それでも速足まで進んだ。
背中を伸ばし顎を引いて、決して下を見ないで視線はまっすぐ前に、鐙に体重をかけて踵を下げ気味に、肩の力を抜いてお尻を鞍から離して立つ、そして軽く座るの繰り返し。
インストラクターの声がした。
「立って座って、立って座って、……、……、」
ドスン・ドスン・ドスン・ドスンスン・ドスンスン・ドスンスンスン・ドスンスンスン・ドスンスンスン
練習が終わると股の筋肉がつって、まともに歩けない。
それでも
「山谷さんその調子」
「山谷さん上手ですよ」
「山谷さんはすごい上達しましたね」
なんて言われて、他の3人よりも上手なのか、と得意になっていたのだが。
そして実技試験。
今まで彼らの動きは目に入っておらず、自分のことで精いっぱいだった。
なんとスムーズに乗りこなしていることだろう。
手綱さばきもうまいもんである。
――そうか、訓練されたジェイドと、インストラクターのヨイショに乗っていただけなのか。
それでも岳子は、5級ライセンスを手に入れた。
作品名:連載 たけこさん (終) 作家名:健忘真実