連載 たけこさん (終)
3話 男はつらいよ
近頃のスーパーでは、男性客それも年配の男性が、10時の開店と同時にやって来るのが目立つようになってきた。
山谷富士夫もそのひとりである。岳子に渡されたメモに従って、買い物かごに入れていくのである。特売チラシの入った日には開店前から行列ができているのだが、できることなら空いている時間に来たい、と思う。しかしその頃になると、頼まれていた特売品はsold‐out。
岳子の小言を喰らうのがいいか、辛抱強く混雑に耐えるかを思案したあげく、開店前から並ぶことを選ぶのだ。決して岳子が恐いというわけではない。が、小言を聞かされる時間のことを考えれば、スーパーで過ごす時間の方が有意義な気がするのである。
今日も岳子のメモに従って買い物をしていた。すると、背後からポンと肩をたたかれた。振り返って見た。あぁ懐かしい顔だ。
「あっ、お久しぶりでございます。お元気で有られましたか」
「やぁ、山谷君、奥さんの代わりに買い物か」
「はぁ、お見受けするところ、部長も」
「そうなんだよ。買い物は力仕事だ、よって男の方が向いてるんですよ、なんて言われてね、ガハハハハ」
「さようでございますか。ご苦労様でございます。では、私は買い物の続きをさせていただきます」
「うむ」
かつて職場の上司であった暗中模作は、富士夫より10年も前に会社を去っていたのだが、サラリーマンの性なのか、当時の関係がそのままによみがえってしまったのである。
肉売り場で岳子に言われていた値段の肉を物色していると、暗中模作が再び現れ、
「山谷君、この肉がうまいんだよ」
と言って、霜降り肉を富士夫のかごに入れた。
「はっ、そうですか」
値札を見てびっくり。100g・1200円で3700円!
――ひえ〜っ、どうしよう、どうしよう
「久しぶりに出会ったんだ、俺のおごりだ、とっときたまえ、ガハハハハ」
レジに向かう暗中模作に遅れまじと、買い物は残っていたが彼の後ろに並んだ。
レジを済ませた暗中模作、そのままさっさと帰ってしまった。
――あっ、どうしよう、どうしよう
結局精算を取り消してもらって、買い物をやり直したのだが・・・
岳子にこの顛末を話した。
「会社を離れた者同士、いつまでも上下関係を引きずってたらあきませんで。そういう人らはボケやすいて。あんさんも気ィ付けなボケますでェ」
作品名:連載 たけこさん (終) 作家名:健忘真実