連載 たけこさん (終)
13話 くっさ〜い話
「やあ、尻帆君、また会うたな。きょうもひとり?」
「あっ、山谷さん、おはようございます。きょうは家内と息子も一緒です。砂場で遊んでますわ」
尻帆かけるは山谷富士夫のために木のベンチの端に寄った。富士夫はパグのゴン太のリードを持って座った。ゴン太は草むらのにおいを夢中で嗅いでいる。
「それにしても、きょうも元気がないようにみえるな」
「分かりますか? 雑用にばかり追われて、仕事のクレームに関する問題がなかなか片付かなくて」
「ほう、それはしんどいな・・・ワシらの頃はな、仕事に優先順位を付けて・・・そやな、例えば10個の項目があったら、重要度の高い上の2つをまず片付ける。そしたら8割は仕事を終えたようなもんやな」
「へえ〜」
「レストランでも、10個のメニューがあるとしたらやな、よく注文される上位2個のメニューが全体の8割に当たってる、ちゅうもんや」
「おもしろいですね。参考にさしてもらいますわ。ところで、原発の事故はどう思われますか、現在進行形の災害ですよね」
「10日ほどで解決する思うてたけどなァ。あれは初動を失敗して泥沼にはまってしもてる。最近はなりふり構わずやな、やけくそでやっとおる」
「そう思います。山をやってる友人がゆうてましたけど、なんでも初めが肝心や。雪山で滑落して初期停止に失敗したら、後は加速度がついて自分では止められんそうです。かといってロープで確保してる時には、相手が落ちたらゆっくり制動をかけながら止めないと、確保者にものすごい荷重が掛かってきて飛ばされる、と。イメージトレーニングもええけど、練習で体得せんと実際の場面で咄嗟にはできん、てね」
「そやな、今回の事故はイメージにも描いてなかったんとちゃうかな」
「そうですね。最悪の事態、てどうなるんでしょうねぇ」
「それは言えんな。口に出したらそれに近い状態になってしまう気がするんや。現状が明かされとらんし。けど想像してる人は多いと思うで」
「それにしても対処が遅すぎますよね。ますます悪化してるじゃないですか」
「こういうことは現場で一番詳しいもんが指揮権を持って、上層部は現場が動きやすいように口出しせんと、全面バックアップに当たるんが普通やけどな。責任はすべてトップが持つ、ゆうことでな。今さら遅いけど・・・
日の丸企業は組織の上下関係や派閥と保身にうるさいだけで、過去の大惨事になんにも学んでへんみたいやな」
「悲しいことですね」
「こうなったら情報を開示して、第3者のアドバイスを受け入れるべきや思うけど」
「とうちゃ〜ん、ぼーるであそぼ〜」
尻帆かけるの息子が息をはずませ、大きなボールを抱えて走って来る。その後ろからゆっくりと、小柄な女性がほほ笑みながら近づき会釈した。
「ほんなら、失礼します。アドバイスありがとうございました」
3人が仲良く広場へ向かう様子を眺めながら、富士夫は思った。
――若いもんが安心して住める国になってほしいな。そうや、いっそ国境もなくなったらエエかもしれんな。放射能に国境は関係ない。世界がひとつになれる時かもしれんやないか・・・ま、無理か。
ゴン太が膝に乗り、富士夫の顔を舐め始めた。
人の世の出来事には関せずと、自然のままに委ねて咲く七分咲きの桜花。一瞬のつむじ風にさらわれた花びらたちは、受けた陽光をきらりきらりとはね返しながら、舞い落ちていった。
作品名:連載 たけこさん (終) 作家名:健忘真実