ワインカラーのラプソディ
泣き叫んでも中川の車は待ってくれなかった。
ワイン色に染まった情景の中、弓枝はポツリと一人取り残されてしまった。
「なんでや、ウチ一人こんなとこで、寂しいやんか……」
と、その時、背後から何者かの声がした。
「まあな、幽霊は死後7日間、死んだ場所から離れられんというからな……」
弓枝が振り返ると、そこに二人の老人が立っていた。
良く見ると老人の背後の風景が透けて見える。
明らかに、幽霊だった。
「ヒィ〜!」
弓枝は思わず後ずさった。
「なんじゃ、驚くと少しは動けるじゃないか。ワシらの事はな〜んも恐がらんでいい」
「さよう、唯の幽霊じゃからの。ワシが田代、こっちが三田村じゃ」
そう言いながら老人達はカッカッカと笑った。
「ワシらは、昔この村に住んどった住人じゃ」
「村?」
弓枝の見たところ村などどこにもなかった。
「そう村じゃ。ほれ見なされ……」
田代と三田村と名乗る老幽霊は湖の方を指し示した。
不思議なことに、夜の帳が降りかけた湖の表面が光り出したかと思うと、底が透けて、湖底の村が見えてきたのだった。
「どれ、わしら二人の霊力があれば、あの村におまえさんを連れてってやれるじゃろう」
「さよう、おまえさんの亡骸もそこにあるからの……」
「アッ、でもウチ泳げんし……」
老人達は有無を言わさず弓枝の手を取ると、湖の中に引き入れた。
「ダムができたもんでな。村が沈んだんじゃ……」
「さよう、じゃが、こうして戻ってきた。見てみい美しい村じゃろうが……」
驚くべきことに、そこには光に満たされた美しい村があった。
どこかなつかしい、故郷の原風景がそこにあった。
鳥が飛び、やわらかな木漏れ日の中、縁側では猫が伸びをしている。
いつのまにか弓枝のまわりに、水はなかった。
「おっと、忘れておった」
田代が空中に浮かぶ、弓枝の亡骸を抱えて降ろした。
「残念ながら、あの体にあんたを戻してやることは出来んがな……ワシらでちゃんと葬ってやるでな……」
三田村が弓枝を慰めた。
「まあ、あんたもここに住みゃあいい」
簡単な埋葬をすませた後で田代が言った。
「さよう、都会者にはちと寂しいかもしれんが……。ここにも若い者はおるでの……」
作品名:ワインカラーのラプソディ 作家名:おやまのポンポコリン