氷針の降りしきる中
玄関口に着いた北条は戸惑っていた。何故なら、今日北条が持って来たはずのスチール傘が傘置きから忽然と姿を消していたからだ。
どうしよう、傘も無いのに氷針の中帰ったら、串刺しになってしまう。北条はその光景を頭の中に浮かべて思わず顔をしかめた。
「どうかした?」
その時、背後から誰かに話しかけられた。北条が後ろを振り返ってみると、そこに立っていたのは一人の男子生徒だった。
同じクラスの源くんだ、と北条は心の中で独りごちる。そして彼の問いかけに対して、
「あのね、確かに今日傘持ってきたのに、ここに無いの」
と、北条は上目がちに答えた。
「ああ、誰かが取って行っちゃったのかな。しょうがないなぁ……」
そう言って少年は傘立てから自分の傘を取って、
「ほら、入ってけよ」
と突き出して見せた。源の思わぬ行動に北条はぽっと頬を赤らめた。そしてコクンと小さく頷いてみせると「よし、じゃあ行くか」と源が歩き出したので、北条も慌てて後を追った。
二人は並んで玄関口から外へ出る。軒先で源がスチールで出来た鈍色の傘を展開すると、金属の乾いた音が氷針の降る音に混じって鳴った。
「ほら」
源に促され、遠慮がちに傘の下に入る北条。しかし源に「そんなんじゃ危ないって。もっとしっかり入れよ」と叱られ、静々と傘の下に潜った。
「じゃあ、行くか。絶対に傘の外には出るなよ」
念を押されコクンと小さく頷いた北条は、源に付き添うように氷針の降りしきる中歩き出した。しかし数歩もしないうちに、「痛ッ!」と源が声を上げたので、驚いて彼の方を見た。すると彼の右腕の袖に血がにじんでいるのが見えた。
「源くん、それどうしたの!?」
「いや、ごめん。偉そうなこと言っておきながら、俺、傘から右腕が出てたみたい」
それを聞いて北条は短く悲鳴を上げた。
「やっぱり私、もっと外側に寄るよ」
自分が傘の内側に入り過ぎたせいで源が傘の外側に押し出されたと思った北条はそう言ったが、源は、
「馬鹿。こんなのかすり傷だよ。全然平気。むしろ北条に怪我があった方が嫌だよ」
と照れくさそうにそっぽを向きながら言った。それを聞いた北条は再び顔を紅潮させて俯く。
しばしの間、沈黙が続いた。
しかし北条が、力一杯目を閉じ言葉を絞る出すようにして静かに沈黙を破った。
「じゃあ、もっと、……引っ付いて歩こうよ」