Estate.
Date 8/8
「すっ、げ……」
思わず言葉が零れた。
「すごいでしょ?ここ、真宏に一回見てもらいたかった」
サキが、微笑んで言った。
サキに連れられて、小道を抜けた先にあった景色。
それは、一面の向日葵畑だった。
目の前に広がる景色は、ただ、遠い。
真っ青な空と、真っ白な雲、明るすぎるくらいに輝く太陽。
鮮やかな緑の葉に、太陽に向って精一杯咲いている黄色い花。
見渡す限りどこまでも続く、絵のような景色。
サキは黙っていたし、俺も声が出なかった。
頬を掠めた優しい風が、一面の向日葵をそっと揺らした。
「真宏、中、行ってみない?」
「入っていいのか、ここ」
「うん。大丈夫。行こう」
サキは、俺の手を取ると、向日葵畑の中へ足を踏み入れた。
咲き誇る向日葵は、酷く背が高い。まるで競い合うように、太陽に向かって伸びていた。
そう離れた位置にいるわけではないというのに、時折、その大きな葉に、サキの姿は隠されてしまう。
ただ繋いだ手だけが、サキが、そして俺が、この場所にいる、証明だった。
「!」
不意に、繋いだ手が離れた。
―――――風。
向日葵が、ざわめく。
そして風が止んだとき、そこには何の音もしなかった。
まるで、俺一人が、この世界に取り残されたように。
「サ……キ?」
呟いた声は、多分届かない。
俺は近くの花を掻き分けて、サキの姿を探した。
掻き分けても掻き分けても、そこにあるのは、鮮やかな緑の葉と、黄色の花だけ。
終わりの来ない、広い広い向日葵畑。
ここは、本当に現実だろうか。
いつしか俺は、向日葵の迷路の中で立ち尽くしていた。
その時。
「真宏」
すぐ傍で聞こえた、聞きなれた声。
俺の存在を証明する、その声。
「どこ行ったのかと思った。いきなり居なくなんないでよ」
困ったように、サキが微笑んだ。
「……バカ、それはこっちの台詞だ」
思ったより、すんなり声が出た。
きっと今、酷く俺は情けない顔をしているだろうと、どこかで思った。
サキの手を引き寄せて、抱きしめる。
「え、え、真宏?」
「悪い。……ちょっとこうしてて」
閉じ込めた腕の中に感じる、サキの熱。
存在。
「真宏」
俺を呼ぶ、サキの声。
そして、行き場を求めるようにして、ぎこちなく回されたサキの腕。
「……ねえ真宏、大丈夫。俺は、ちゃんとここにいる。ここにいるよ、真宏」
微笑みを伴ったサキの声が、耳元で聞こえた。
大輪の向日葵が、風に揺れてざわめいた。