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本庄ましろ(公夏)
本庄ましろ(公夏)
novelistID. 5727
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Estate.

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Date 8/12


 泣いていた。
 ただ、静かに。

 深夜、ふと目が覚めた。
 静かな風の音と、虫の声がする。
 空気を吸い込むと、夏の終わりの夜の匂いがした。
 なんとなく、寝付かれない。不思議と、目が冴えていた。
 俺は、眠ることを諦めて、ゆっくりと体を起こした。
 夏の熱を残したまま、空気はもう、秋へと向かい始めている。
 不意に、聞こえてきたのは、かすかな歌声だった。
 サキ。
 声を辿るようにして、縁側に出ると、サキが一人、庭に立っていた。
 声をかけるのをためらったのは、何故か。
 サキの口から紡がれるかすかな歌。
 そして、月に照らされるサキは、……泣いていた。
 ただ、静かに、サキは涙を落としていた。
 その雫が、月に照らされて、かすかに光る。
 サキの流す涙は、俺が知らないものだった。
 何故泣いているのか、何をそんなに泣くことがあるのか。
 そんなことは、きっと無粋だった。
 サキの涙は酷く儚く、まるでサキ自身のようで、まるで、……この、夏のようで。
 その時、その場所に存在したサキは、俺の存在を許さなかった。
 強く、そして、儚かった。
 壁を背に、廊下に腰を下ろした。
 サキの世界に触れたくはなかった。壊したくはなかった。
 目を閉じると、聞こえるのは静かなサキの歌声。
 決して涙に濡れず、決して壊れることのない、強い歌声。

 ……なあ、サキ。
 俺は、お前にかける言葉が、見つからないよ。

 ただ一人、この世界にたった一人になったかのように歌うサキ。
 その歌声は、きっと誰よりも強かった。
 目を閉じてサキの声を聴いていた俺は、いつの間にか、眠りに落ちていた。

 夢の向こうに、サキの温度を感じた。
作品名:Estate. 作家名:本庄ましろ(公夏)