Estate.
Date 8/12
泣いていた。
ただ、静かに。
深夜、ふと目が覚めた。
静かな風の音と、虫の声がする。
空気を吸い込むと、夏の終わりの夜の匂いがした。
なんとなく、寝付かれない。不思議と、目が冴えていた。
俺は、眠ることを諦めて、ゆっくりと体を起こした。
夏の熱を残したまま、空気はもう、秋へと向かい始めている。
不意に、聞こえてきたのは、かすかな歌声だった。
サキ。
声を辿るようにして、縁側に出ると、サキが一人、庭に立っていた。
声をかけるのをためらったのは、何故か。
サキの口から紡がれるかすかな歌。
そして、月に照らされるサキは、……泣いていた。
ただ、静かに、サキは涙を落としていた。
その雫が、月に照らされて、かすかに光る。
サキの流す涙は、俺が知らないものだった。
何故泣いているのか、何をそんなに泣くことがあるのか。
そんなことは、きっと無粋だった。
サキの涙は酷く儚く、まるでサキ自身のようで、まるで、……この、夏のようで。
その時、その場所に存在したサキは、俺の存在を許さなかった。
強く、そして、儚かった。
壁を背に、廊下に腰を下ろした。
サキの世界に触れたくはなかった。壊したくはなかった。
目を閉じると、聞こえるのは静かなサキの歌声。
決して涙に濡れず、決して壊れることのない、強い歌声。
……なあ、サキ。
俺は、お前にかける言葉が、見つからないよ。
ただ一人、この世界にたった一人になったかのように歌うサキ。
その歌声は、きっと誰よりも強かった。
目を閉じてサキの声を聴いていた俺は、いつの間にか、眠りに落ちていた。
夢の向こうに、サキの温度を感じた。