Estate.
Date 8/1
「真宏っ」
突然、ひやりとしたものが頬に押し付けられた。
「冷てっ……サキ!?」
「アイス。買って来ちゃった。食べようよ」
縁側に座った俺の頬に氷を押し付けた犯人は当然のようにサキだった。
両手にアイスを持ったサキは、悪戯に成功した子どものような、そんな笑顔を浮かべていた。
「みぞれといちご、どっちがいい?」
「……あのな、サキ」
俺は、サキが肩にかけたままのタオルで、水が滴る濡れた髪をくしゃりとかき混ぜた。
うわ、と、サキが小さく悲鳴を上げる。
「髪から水滴垂らしたまま風呂から上がってくるな。風邪ひいたら困るだろ」
「大丈夫だって、馬鹿は風邪をひかないって言うし」
「残念でした、夏風邪は馬鹿がひくんです」
「え!!そうなの!!」
「そうなの。……はい、よし」
ひとしきり髪を拭ってから解放してやると、小さくため息をついたサキは、俺の隣に落ち着いた。
す、と、深呼吸をする。
「……真宏」
「ん?」
「……まひろ」
「何」
「……まーひーろ」
「何ですか、サキさん」
「……えへへ、呼んだだけ」
まるで懐こい猫のように、サキは、俺の肩に頬を摺り寄せる。
「サキ?」
「……あ、そうだ、アイス。溶ける。真宏、どっち?みぞれ?いちご?」
頬を寄せたまま、両手に持ったアイスのカップを掲げて、サキは嬉しそうに笑った。
「どっちでもいい。サキの好きなほう、食べな」
「俺ねー、どっちも好き」
「……そうだろうと思ったよ」
「半分こしようか」
「はいはい」
じゃあ俺最初にいちごにしよう、と、サキは嬉しそうにスプーンを刺した。その姿が子どものようで、思わず俺は笑ってしまった。
「……え、何?」
「子どもみたいだな、お前」
「うわー、超心外。俺、真宏に子どもみたいとか言われたくない」
「……ちょっと待て。それ俺の方こそ心外だぞ、サキ!!俺は、他の誰に言われても、お前にだけは言われたくない!!」
「えー」
「えーじゃないだろ、えー、じゃ!!」
そこでむきになるところが真宏はコドモ、と、サキは笑った。
隣でサキがしゃくしゃくとアイスを崩す音が聞こえる。
「……ねー、真宏」
「ん?」
「俺、……出来るなら、ずっと子どものままで居たかったな」
隣のサキを見下ろせば、サキは、少し遠くを見つめていた。
「あの頃、夏が来るたびに、いつもどきどきしてた。今年は何があるんだろうって。特別なんて何もなくても、一度も同じ夏なんかなかった」
「……ああ」
「いつの間にか、俺たちは大人になっちゃって、同じ季節を過ごしてるのに、あの頃とは違う。不思議だよね。今はもう、ずっと同じ、夏」
「……」
「でもねえ、真宏。……今年は、特別」
俺を見上げて、サキは笑った。
「俺ね、今、もう二度と来ないと思ってた夏の中にる」
真宏のおかげだね。
そう言って笑ったサキは、不思議な空気を纏っていた。
響いた氷の音は、今はもう遠い、夏の音だった。