Estate.
Date 7/14
ふと、目を覚ました。
俺はどうやら、机に向かったまま、いつの間にか眠ってしまったようだった。
体を起こすと、肩から何かが滑り落ちる。拾い上げると、それはタオルケットだった。ここで眠ってしまった俺に気づいたサキがかけてくれたのだろう。
点けたままにしていた机の明かりも消えていた。
風を通すためにあけた窓はそのままだった。同じようにあけておいた後ろのふすまも、そのまま。
風が吹きぬけて、窓辺にかかる風鈴が、涼しい音を立てている。
夏の風が、頬を撫でた。
立ち上がり、窓辺に寄った。
窓の外は、一面の星空。
この家で暮らし始めて2週間。
見慣れたつもりでいたけれど、窓から見上げた満天の星空に息を呑んだ。
星明りは、思っている以上に明るい。人工的な明かりのないこの場所では、それがとてもよくわかった。
「真宏?起きたの?」
不意に後ろから声が届いた。
振り向くと、部屋の入り口に、寝巻き姿のサキが立っている。
「ン。これ、ありがとうな」
タオルケットを持ち上げて見せると、サキが柔らかく笑った。
「うん。どういたしまして」
「サキは?まだ起きてたのか?」
「うん。何だか、目が冴えちゃっててさ」
「そっか。もしまだ寝ないなら、話しようか。こっちおいでよ」
俺は窓枠に腰掛けて、サキを呼んだ。
サキは、お言葉に甘えて、と言いながら部屋に入ってくる。
サキも俺と同じように窓枠に腰掛け、空を見上げた。
「綺麗だね、星。天の川、見える」
「ン。そういえば、今年の七夕はめずらしく綺麗に晴れてたんだっけ」
「うん。今年は綺麗だったね。毎年、大抵七夕は天気よくないんだけど」
「じゃあ、織姫と彦星は、今年何年振りに会ったんだろうな」
「ねえ?」
二人で、顔を見合わせて笑い合う。
織姫と彦星の伝説なんて、今時子供でも信じてはいないだろう。
それでも、天上の恋人たちを思うと少しだけ切なくなるのは俺だけではないだろうと思う。
「すごくすごく好きな人に、年に一度会えるかどうかすらわからないのって、どんな気持ちなんだろうね」
空に視線を移し、サキがそうつぶやいた。
その横顔には、憂いが浮かぶ。
「そんなの、俺だったらきっと耐えられないだろうなぁ。好きな人とは、一緒に居たいもん」
「なに。辛い恋でもしてんの、サキ」
「ん?どうだろう?わかんない」
綺麗な笑顔で、サキは笑った。
……この横顔を見て、誰が恋をしていないなどと思うだろうか。
「でも、してるとしたら叶わない、かな」
「何で」
「何でも。これが恋だったら、絶対に叶わない。だからこれは恋じゃなくていい」
恋じゃなければ叶うかもしれないから、と、サキは続けた。
その言葉の意味が、俺にはわからなかった。
けれど、サキの持つ不思議な空気に圧され、聞き返すことはできないまま。
サキは口を開かず、俺は口を開けなかった。
そのまま、二人並んで、今にも星の降ってきそうな夜空を見上げていた。
空に、ひとすじの光が流れた。