Estate.
Date 7/10
朝から原稿を書いていた手を止めて、目を上げた。
そろそろ、手も、目も大分疲れている。
窓の外に目をやれば、空は真っ赤に染まっていた。
サキを誘ってお茶でも飲もうか。
そんなことを思い、立ち上がった。
「サキー」
声をかけたけれども、いつもならば返るはずの明るい声はない。
出かけているのだろうか。
玄関に向かうと、玄関は開け放ってあった。サキの靴はない。
とはいえ、まさか玄関を開け放ったまま、どこかに行くわけもないだろう。おそらく裏庭にでもいるのだろうとあたりをつけ、俺は縁側へ向かった。
裏庭には、背の高い向日葵が沢山植えられている。サキは、おそらく向日葵に水でもやっているのだろう。
縁側から裏庭を覗くと、思った通りサキはそこにいた。
声をかけようとした俺は、思わず口をつぐんでしまう。
なぜならば、そこに立っていたサキの纏う空気は、俺の知っている、明るく子供のようなサキのものではなかったから。
夕日に照らされて真っ直ぐに向日葵を見上げるその姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
ただ、美しいと思った。
凛とした空気を纏い、真っ直ぐに立つ彼を、俺はただ、美しいと思った。
この人が、本当に俺の前で明るく笑っていたサキなのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎる。
ふ、と彼がこちらを向いた。
絵画のようだった空気が均衡を失い、動き出す。
「あれ?真宏?」
一瞬驚いた顔をしたサキは、次の瞬間すぐに笑顔になった。
「ごめんね、何か用事だった?」
そう聞いてくるサキに先ほどの空気は感じられない。なぜか少しほっとして、俺は口を開いた。
「用事、ってほどでもないんだけどさ。お茶でも飲もうかと思っただけで」
「あぁ、そだね。もう水もやり終わったし、お茶飲もう」
嬉しそうにこちらへ向かうサキの向こう側、背の高い向日葵たちを俺は見遣った。
「この向日葵、サキが植えたのか?」
「え?うん。そうだよ。元気に育って嬉しい」
「どれも大分大きいよな」
「そうだねえ。もう少ししたら、きっと綺麗な花が咲くよ」
そう言い、サキも向日葵を再び見上げる。
横顔が、赤い夕日にくっきりと照らされていた。
「……でも、向日葵も嬉しそう」
「?」
「真宏が、この家にいるから」
サキが、微笑んで俺を見つめた。
それは、俺が今までに見たことのない、笑顔だった。
熱い風が吹き抜けて、窓辺の風鈴を揺らした。