Estate.
Date 8/26
夜空に、大輪の花が咲いた。
少し遅れて、ドン、と低い音が追いかけてくる。
次々に開く花々が、夜空を鮮やかに彩っていた。
「……すごいな」
「でしょ?穴場穴場。ほら、座ろ、真宏」
サキに手を引かれて、俺はサキと共に砂浜に腰を下ろした。
晩飯を食べた後、サキが俺を連れ出したのは、家からすぐ、いつだか二人で来た海岸だった。
「今年は結構風が強いから、花火綺麗に見えるねー。今年は大当たりだ」
空を見上げるサキの横顔が、色取り取りの光に照らし出される。
「やっぱりすごいね、綺麗!!」
「ああ。……花火なんか、久々に見た」
「え、本当に?」
「ん。花火見にきたのなんか、何年ぶりだか」
「うわー、勿体無いっ。こんなに綺麗なのに」
「いや、いざ見に来てみると、勿体無かったな、って思うんだけどさ。こう、つい人ごみに負ける……」
「あー、確かにそれはあるかも。会場行っちゃうと、人見に来てるのか花火見に来てるのかわからないくらい人いるから」
「何が嫌ってそれが嫌だ」
「あはは。うん、会場も割と近いし、行くのも楽しいけど……。俺も、ここで見る花火が一番すき、かな」
サキは、少し自慢げにそう言うと、嬉しそうに笑った。
ドン、と響く花火の音が、心地良い。
それは、夏の音だ。
「こうやって見てると思うんだけど……花火師って、凄い仕事だよね」
「ん?」
「花火って、実は、一瞬の光なんだよ。花が開くのは一瞬で、後には何一つ残らない」
サキの目線の先で、一つ、一つ、花が開いては、消えていく。
「それでも、花火師の人たちは、ものすごい時間をかけて、一つ一つ、花火を作るんだ。その一瞬に、全部懸けてさ。……凄いよね」
「……ああ」
「だから、残るのかな」
「え?」
「何一つ形は残らない。でも、残らないことで、確かに残るものがあるって、そう思わない?真宏」
サキの問いかけに、俺はただ、頷いた。
形が残らないからこそ、確かに残るもの。
きっとこの世界には、そんなものばかりだ。
サキが、不意に言った。
「真宏にとって、この夏は、どうだったんだろう」
「え?」
「この夏が終わっても、そこには何も残らないけど……ほんの少しでも、真宏の中に残るものは、ある?」
一斉に、夜空に光が散った。
響く、音。
光に目が眩み、サキの表情は、見えなかった。
「……当たり前だろ、サキ」
サキが嬉しそうに笑った声が、耳に届いた。
夜空に開く、大輪の花々。
それは一夜限りの、だからこそ艶やかに咲き誇る花だった。
数え切れない光の花が、眩い程に空と海を染めていた。