Estate.
Date 8/20
「まーたこんなとこで寝てるし」
頭上から聞こえたそんな声に瞼を持ち上げると、サキが呆れたような顔で俺を覗きこんでいた。
「……よ」
「よ、じゃないよ。真宏さー、ほんとどこでも寝るよね」
「別に、どこでもは寝ない」
「嘘つけ。どこでも寝てるよ。部屋の机でも寝るし、居間でも寝るし」
でも、ここが一番多いかな、とサキは笑った。
庭に面した縁側からは、美しく染まった夕焼け空が見えた。
「……ここ、風が抜けて気持ちいいんだ」
吹いてきた風にもう一度目を閉じる。
聞こえるのは、蜩の声と風鈴の音、そして、優しい風が揺らす木々の葉擦れ。心地いいそれらの音に、俺は身を任せていた。
「ね、真宏、ちょっと頭あげて」
「ん?」
言われた通りに頭をあげると、サキはそこに腰掛けて、ぽんぽん、と膝を叩いた。サキの意図するところがわかった俺は、笑いながらその膝に頭を載せた。
「サキさん固い」
「ばか、男の俺に女の子の柔らかさ求めないでくれる」
軽口を叩いたら、ぺち、とサキに頭を叩かれた。
「痛いですサキさん」
「真宏がスケベなことを言うからだよ」
「えー、スケベじゃないでしょ、男のロマンでしょ」
「うわもーこの人なんか言ってるよー」
他愛もないじゃれ合いが楽しくて、二人で笑った。
二人で過ごす夏の終わりは、すぐそこに見えていた。
「真宏」
「ん?」
「風、気持ちいいね」
そう言いながら、サキは目を閉じた。
柔らかなサキの髪が、風に揺れる。
「……な、サキ」
「なに?」
「膝枕ついでにさ、もう一つ、お願いしていい?」
「え?もう一つ?」
「そ。子守唄、歌ってよ」
「っ、子守唄!?」
サキが、吃驚した顔で俺を覗き込んだ。
サキの目を見返して、笑う。
「ね。子守唄」
「……いや、子守唄って真宏さー」
「俺、サキの歌聴きたい。歌ってよ」
困ったような、呆れたような、そんな顔をしたサキと見詰め合う。
数秒の間。
そして、サキは、苦笑しながら小さくため息をついた。
「……何がいいの」
「歌ってくれる?」
「歌わないって言ってもどうせ真宏諦めないでしょ」
「うん」
「うわ、うんとか言うし。……もー。……で?何がいいの」
呆れたように、それでもサキは笑っていた。
リクエストする曲は、最初から決めていた。
「Stand by Me.」
「うっわまたベタベタな」
「お前ね、ベタベタとか言うなって。俺好きなんだよ」
「……あはは、うん、真宏好きそ。……下手でも怒んないでよ?」
サキは顔を上げ、空を見つめた。
そして、耳に届いたサキの声は、酷く優しかった。
夜が来て、世界が闇に包まれて
月の光しか、僕ら見ることができなくても
大丈夫
僕は怖くない
君がただ其処に、僕の傍に居てくれるなら
ねえだから、傍に居て
傍に居て
大好きな大好きな人
僕は君に、傍に居て欲しい
ねえ、大好きな人。
……僕は、君の傍に居たいよ
優しく語り掛けるサキの声を聞きながら、俺は目を閉じた。
茜の空は、いつしか菫へと変わっていた。