nameless
中に入って、撤去された物の代わりに置かれた新しいベッドに、ばたりと倒れ込む。ぽすっと静かな音に包まれた。ふかふかのマットに滑らかな肌触りのシーツ。柔らかい。だけど温かくない。
なんだか今日はもう疲れた。僕は目を閉じ、そのまま沈むように眠りに就いた。
それから三日後に、ジルは死んでしまった。
勿論僕はその場に立ち会えなかった。ジルの訃報は事後的に父さんの口から伝えられたが、それはあまり現実味を帯びて感じなかった。すごく悲しくて、寂しいはずなのに、それがどこか僕の知らない遠い所で起きたことであるような、漠然とした痛みだけが湧き出た。
本日、ジルの葬儀が執り行われる。当然、僕が参列することはできない。葬儀は街の大教会で開かれるため、他の親族はそちらに出かけていて、僕だけが屋敷に取り残されている。
葬儀に出席できないのだから、せめて今日一日彼女の部屋で彼女のことを悼みたいと思ったのだが、それは許可されなかった。彼女の部屋は厳重に封印されていて、入ることが出来ない。
だから僕は中庭のベンチに座ってぼんやりと過ごしていた。中庭にはジルの部屋の窓が面している。せめてここで彼女の追悼を行おうと思った。
彼女の部屋の方を眺めながら思う。ジルの存在が、僕の中で段々希薄になってきている、と。彼女との思い出の品はすべて取り上げられてしまった。そういえば、近々彼女の部屋を塗り固めてしまうことも決定したらしい。
彼女が生きていた証拠がひとつ、またひとつと消されていく。
ああ、彼女との思い出に溺れたい気分なのに、僕にはすがりつく物が何一つもない。僕がこれからどのようにしていけばいいのか。
残された道は二つ。何にもしがみつくことが出来ずにこのまま溺れ死ぬか、溺れないようにただがむしゃらに生きていくか。ジルが生きていたらどちらを望むだろう――なんて、答えは聞くまでもないか。
ぽつぽつと雨が降り出して来た。懐中時計で時間を確認してみる。かれこれ三時間もここにいたようだ。
「……屋敷の中に戻ろうか」